雅の言葉を受けて、陰羅はすっと目を細めた。
「……ほう。どうやら光鈴も、今までとは違うようだな……面白い」
陰羅のまとう空気が変わる。嘲笑するような響きが消え、ひどく冷ややかなものへと。
「そこまで言うのなら、やってみるがいい……!」
その気配の変化に、雅は小さく喉を鳴らした。それでも陰羅から視線は逸らさない。まっすぐに前を見据えたまま、雅は背後の二人に声をかける。
「慧! 春蘭!! ……力を貸して!!」
雅の背後で二人が息を呑んだ気配がした。同時に、目の前の陰羅が嘲笑する。
「偉そうなことを言っておいて、一人で挑みかかってくるのではないのか? 所詮、お前もその程度なのか?」
「あたしは神様でもなんでもない普通の女子高生なんだから、出来ることと出来ないことがあるの! そもそもあたし一人で倒すなんて一度も言ってないし!」
はっきりと言い切った。
この世界に召喚された時から、雅は自身が光鈴の生まれ変わりであることを否定してきた。最初は伝説への反発心から否定してきたけれど、意味深長な夢を見て、魔法が使えるようになって。今は、すべてを否定する気にはなれない。
それでも、最初から一貫して変わらない考えもある。雅自身が神ではないという事実だ。
魂が元々は光鈴のものだろうが、雅の中に光鈴の力が眠っていようが、そんなことは関係ない。ここまでやって来たのは、紛れもなく雅の意思だ。
ここまで来るまでに色々と考えたし、散々迷ったけれど、雅は雅として戦いその結果をすべて受け入れようと、そう決めた。だからこそ、自分に出来ることと出来ないことがあるのも分かっている。
慧と春蘭だけでは、陰羅は倒せない。けれど、雅だけでも陰羅を倒すことは不可能だ。
力の大きさ云々は関係なく、雅の育った環境が戦いのない世界だったことを思えば、考えるまでもないだろう。どんなに強い武器を持っていたところで、使い方が分からなければ意味がない。
雅を戦わせたくないと願ってくれた慧や春蘭の意思に反することは分かっている。自身がかなり勝手な言い分をしているだろうことも。
それでも、雅は叫ぶ。
「慧、春蘭! お願い!」
それと同時に、後ろの二つの気配が動いた。
「……そんなの、お願いされるまでもないだろ」
「そういうことです! ……一緒に、戦いましょう」
雅の前に慧が立ち、春蘭が雅の横に並ぶ。思うことはたくさんあるだろう。それでも一緒に戦ってくれる二人の姿に、雅は小さく笑った。
「……ありがとう」
「話は終わったか? どうせなら、別れの言葉でも告げておいたらどうだ?」
陰羅の言葉を、雅は笑い飛ばす。
「しっつこいわね! あんまりしつこいと嫌われるわよ! あんたを倒すんだからそんなの必要ないの! 覚悟しなさい!」
その言葉が戦いの火ぶたを切ったのか。陰羅に力が集まり始める。同時に、雅が呪文を唱えだした。
「聖域を築け、光の盾よ! シールド!!」
雅の魔法が発動すると同時に、陰羅の黒い炎が雅達へと襲いかかる。
「……慧、時間稼いで。春蘭、慧の援護お願い!」
「分かった!」
「はい!」
陰羅の炎が雅の防御魔法によって相殺される。それと同時に慧が剣を構えて地面を蹴った。春蘭が雅の横から離れて札を構える。雅は服の下に隠していた勾玉を引っ張り出すと、片手で強く握りしめて目を閉じた。
「……よし!」
数度呼吸を繰り返し、心を落ち着かせると目を見開く。
夢の中で光鈴が話していた通り、雅の中にはすでに陰羅を倒す術がある。呪文が自然と思い浮かぶのだ。
雅は小さく息を吸うと、勾玉を握りしめたまま呪文を紡ぎ始めた。