「先週の金曜日、雅はいなくなったんだよね……」
「ああ……。一週間、経っちゃったな」
そう言って智花と裕幸は同時に深いため息をついた。
雅が二人の目の前から消えてから七つの夜を越え、八日目を迎えたこの日。金曜日の昼間だというのに、智花と裕幸は私服姿で並んで歩いていた。
学校中でインフルエンザが流行し、三日前の水曜日から裕幸達の学年は学年閉鎖となってしまったのだ。ついでに、雅の兄の優也のクラスは学級閉鎖である。
インフルエンザに罹っていない生徒の中にはこれ幸いと遊びに行く者もいるだろう。智花と裕幸も遠目から見ればデート中のカップルに見えるのかもしれない。
両手に抱えているのがぱんぱんに膨らんだ近所のスーパーのレジ袋でなければ。
「……重い」
低く唸る裕幸に、智花は小さく苦笑を浮かべる。
「そりゃあ、神代家の冷蔵庫を満タンにするだけの食糧だからね。……雅から聞いてはいたけど、まさか冷蔵庫の食糧をほぼ全滅させちゃうほどの家事音痴だったなんて……」
ここまで酷いなんて思わなかったという智花の言葉に、今度は裕幸が苦笑を浮かべる番だ。
「……俺もすっかり忘れてた。おばさんと優兄は超絶家事音痴だし、おじさんも何とか食べられるものは作れるってレベルだからなぁ……」
神代家の台所は雅一人で保っていたのだと、こんな事態になって気付く。
「そ、そう……」
智花は乾いた笑いを浮かべる。
先程神代家で見た惨劇の現場と言っても差し支えないほどの荒れ果てた台所の映像が、脳裏を過る。
あまり家事をしない智花だってあそこまで荒らすのは難しいというくらいの荒れ果てっぷりだった。もし雅が帰ってきても、迷わず回れ右をしてそのまま立ち去ってしまうのではないかと思うほど。
雅がいなくなってから、一週間。土日や放課後のほとんどを共に過ごし雅を探していたわけだが、さすがにこの惨状を知ってしまえば放置しておくわけにもいかない。
そこで今日は午前中から智花と裕幸が神代家の家事を買って出たのである。遥や優也もさすがにこれはひどいと思っていたらしく、悪いとはいいつつも結局は二人に頼むことにしたらしい。
とりあえず全滅してしまった食糧を買い足してまともなご飯を作ろうと、二人は近所のスーパーに買い出しに行くことにしたのだ。
ちなみに、優也と遥は掃除は出来るとのことなので、今は部屋の掃除をしているはずである。
「……警察には言ってないんだよね……?」
しばしの沈黙の後、智花が小さく呟いた。
「ああ。……俺達の言うことを信じてくれたからな……」
雅の失踪の件を、神代家の人々は警察に通報していない。学校にも風邪をひいて欠席ということになっている。
目の前にいたはずの人がいきなり消えたなど、誰が信じるというのだろう。だが、隠し通すにも限界がある。そして、裕幸たちの必死の捜索にも。
それも当然だろう。忽然とその場から消えた雅を探す手がかりなど、彼らにあるわけがない。
「……本当に、どこにいっちゃったのかな……?」
スーパーの袋を抱えなおしながらの智花の言葉に、そうだなと裕幸は頷いて空を見上げた。
冬特有の、澄んだ青い空。抜けるような蒼穹を。
「皆にこんな心配かけて……早く帰って来いよ、雅……」
この空の先に雅がいることを、裕幸も智花も知らない。