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    蒼穹の狭間で  6.それぞれの決意(6)

     遠のく足音を聞きながら、雅はうっすらと目を開けた。
     だが、その焦点はしっかりと定まることはなく、どこか虚ろだ。
    「け、い……しゅん、らん……」
     掠れるような声で呟くのがやっとで、あまりの眠気に体を動かせる気がしない。
    「もう……何するのよ、慧のやつ……」
     それでも小さく毒づくのは、そうでもしていないと慧の魔法に負けて眠りに落ちてしまいそうだからだ。
     雅はぼんやりとした思考で、夢現に聞いていた慧の言葉を思い出し、小さく手を握りしめた。
    「勝手、なんだから……!」
     勝手に決めて、勝手に走って行ってしまった。雅は戦う気でいるのに、だ。
     もちろん、陰羅と戦うことに乗り気なわけではないし、慧が危惧している通り生き物を殺すのは怖い。避けられるのならば避けたかった道だ。
     けれど、自分が生きて地界に戻り、天界で出会った二人が無事である結末にたどり着くために陰羅をこの手で倒すというのが避けられない道であるならば。
     そう思って決意を固めたというのに、あの人は。
     確かに、総合的な戦闘能力では慧や春蘭の方が上だ。普通に考えたら、雅よりも天界人の二人の方が勝機はあるだろう。けれど、相手は邪神。神様、なのだ。
     地界に光鈴の生まれ変わりが転生する理由は知らないし、知ったところで納得することはないだろう。けれど、光鈴が己の生まれ変わりを陰羅と戦うように伝説を残した以上、陰羅に勝てる可能性が一番高いのは、光鈴の力を持つ自分なのだと思っている。天界の者でどうにか出来るなら、すでに陰羅のいない平和な世界になっていてもいいはずだ。
     脳裏を今朝見た夢の映像が過る。このままでは、あの二人が迎える結末は。
     それだけは絶対に阻止しなければと思う。けれど、身体に力が入らない。抗いようのない睡魔が雅に襲いかかる。
     眠ったら駄目だと、そう思うのに。雅はぎゅっと眉間に力を込めた。瞬間。

     ――……心配か? あの二人が。

     女性の凛とした声が響いた。その声に聞き覚えがあるような気がして、雅はそっと呟く。
    「……光鈴?」
     だが、その問いに返答はない。その代わりに。
    『……心配か? あの二人が?』
     再び、声が響く。今度は先ほどよりもはっきりと。
     心配に決まっている。このままではあの二人は無事にはすまない。そんな予感がするのだ。
    『そうだな。煌輝の生まれ変わりがいても、陰羅には勝てない』
     声に出したわけでもないのに、その声は雅の思いに同意する。
    『陰羅は、強い。光鈴の力なくして、勝つことは難しいだろう』
     ならば、何で自分で陰羅を倒さなかったのか。光鈴の持つ力でなければ倒せないというなら、最初に倒してしまえばよかったのに。
     晄潤にも問いかけた問いが脳裏を過る。晄潤があまりにも悲しそうな表情をするから問い詰めることが出来なかった問いだ。
     そして、その答えは雅が思ってもみないものだった。
    『……それも、そうだな。……だが、それはかなわなかった。死を目前にし、どんどんと力が衰えている私では……』
     悲しげな、響き。雅の最初の問いに答えずじまいではあるが、この内容では光鈴だと認めたも同然だ。けれど、雅は何も言葉にすることが出来なかった。
    『驚いたか? だが、神にも寿命はある。……陰羅が生まれた時期が悪かった……』
     考えてみれば、神様だって生き物なのだから寿命もあるはず。だが、寿命による衰えがこの伝説の発端とは思いもしなかった。
    『だが……これも私の力が足りなかった言い訳にすぎぬな。私は、陰羅を倒せなかった。そなたは巻き込まれただけだ。……悪いことをした』
     そんな風に神妙な口調になられると反応に困ってしまう。
    『煌輝の生まれ変わりと巫女の少女も、巻き込まれただけだな。……彼らは自分たちの手で道を切り拓くことを選んだようだ。だが、彼らでは勝てない』
     その言葉に、雅の肩がびくりと跳ねる。
    『心配か? そうだろうな。そなたが戦いを決意した理由の半分は彼らの存在だろうからな。……ならば、行きなさい。ここにいては陰羅は倒せない』
    「……ここ?」
    『そうだ。早く行きなさい。手遅れになる前に』
     光鈴の言葉に首を傾げつつ雅は頷き――光鈴の声を聞く直前に慧に魔法をかけられたことを思い出す。
     睡魔のせいで動かなかった身体が動くことに今更気付いて、雅は顔を上げた。
    『……大丈夫だ。そなたの願いが揺るがなければだが』
     雅は改めて周囲を見回すが、誰の姿もない。何だか様子がおかしいと雅が瞬いたのと、光鈴が苦笑したような気配がしたのは同時だった。
    『……そなたでよかったよ、雅』
     初めて光鈴に名前を呼ばれ、雅の目の前に淡い光が収縮する。そうして燐光を纏って現れたのは金髪に碧眼の女性だった。
    『陰羅を倒すための術は、すでにそなたの中にある。心迷わずに、行け。……伝説を終わらせてくれ』
     頼んだぞという言葉とともに、光鈴にふわりと抱きしめられて。

     雅は、覚醒した。
    「あ、れ……?」
     小さく呟いて、辺りを見回す。晄潤の家と陰羅の居場所とを結ぶ隠し通路の中だ。
    「え? んー? 夢?」
     小さく呟いて、首を傾げる。どこまでが現実で、どこからが夢だったのか分からない。分からないけれど、光鈴の声は何故か鮮明に耳に残っている。
    「……頼まれるまでもないわ。やってやるわよ」
     伝えられなかった返答を呟いて手を握ると、雅は目の前の扉に手を伸ばしたのだった。

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