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    蒼穹の狭間で  5.決戦前夜(7)

    「外は寒かったでしょう? はい、お茶です」
     部屋に入って椅子に座るなり、晄潤がにこにことテーブルにカップを置いた。カップからは湯気が立ち上っている。相変わらずのかいがいしさに雅は小さく苦笑した。
    「ありがとうございます」
    「……いただきます」
     慧も同じことを思ったのか小さく苦笑すると、カップに手を伸ばした。雅も両手でカップを包み込むように手に取ると、小さく首を傾げる。
    「……それで、お話って?」
     とはいっても、このタイミングである。晄潤の話の内容も陰羅に関わるものであることは間違いないだろう。
     雅の問いかけに、晄潤は真面目な顔で頷いた。
    「ええ。……まず、雅。八尺瓊勾玉を持っていますね?」
    「はい」
     雅は首にかけた勾玉に視線を落としつつ、頷く。
    「慧、あなたも天叢雲剣を得ているはずです」
    「はい」
     慧はこくりと頷いた。さすがに室内で剣を出現させるようなことはしなかったが。晄潤はそれに小さく頷いてから、口を開く。
    「その二つは三種の神器と呼ばれているものです」
    「三種の……ということは、あと一つあるんですか?」
    「その通りです。……私が持ってます」
     あっさりと頷いた晄潤に、雅はそうですかと頷きかけてから、目を見開く。
    「え? 持ってるんですか? その三種の神器の最後の一つを取って来い的なイベントが発生するわけじゃなくて?」
     この流れならば絶対にそんなイベントが発生すると思っていたのに。雅の言葉を受けて、晄潤は小さく苦笑した。
    「取って来てもらってもいいんですけど……すぐそこですし」
     晄潤が指し示したのは、部屋の隅に置かれた可愛らしいタンスだ。まさか、同じ部屋のタンスの中に最後の神器があるとは思わず、雅は瞳を瞬かせる。
    「……え? 保管場所、そこ?」
     せめて金庫のような場所に保管されてるとか、神棚に飾るくらいの扱いはしてもいいのではないだろうか。
     そんな気持ちを込めた雅の視線などどこ吹く風で、晄潤はにこにことしている。
    「ええ。……そういえば、タンスのどこにしまいましたかねぇ」
     そう言って晄潤は立ち上がって移動すると、タンスをがさごそと漁りだした。その行動に雅は思わず笑みをひきつらせた。
    「神器が……まさかのタンスの肥やしに……」
    「言わないで下さい、雅ちゃん……。晄潤様……素晴らしい方なんですけどね……」
     晄潤への憧れが一杯だったはずの春蘭がふと遠い目をした。尊敬の気持ちは変わらないが、それでも思うところはあるらしい。
    「……ああ、ありました! 奥の方にしまっていたようです」
     満面の笑みでそう言いながら晄潤が差し出したのは、手のひらに収まるくらいの大きさの鏡だ。その形を、雅は日本史の教科書や資料集で見たことがあった。いわゆる神獣鏡というやつだ。
    「これが……?」
     鏡を見つめてから首を傾げた雅に、晄潤は笑って頷いた。
    「はい。八咫鏡といいます。……これは春蘭、あなたに」
     名指しされた春蘭が、驚きに目を見開く。
    「え、ええ!? わ、私!? で、でも……!」
    「鏡は巫女が占いの時に使用するものですからね。あなたが一番相性がいいはずです。……鏡は光を受けて輝くものです。この神器で、雅と慧を補助することこそ、あなたの役目ですよ」
     春蘭は晄潤を見つめ、それから八咫鏡に視線を落とした。
    「そうですね。……私も、雅ちゃん達と戦うって決めましたから……。私も、私にできることをしようと思います」
     そう言って春蘭は微笑むと、鏡を恭しく受け取った。
     光鈴の生まれ変わりである雅や、煌輝の生まれ変わりである慧と違い、春蘭は神に関わる力を持たない。そのことを春蘭は悩んでいたのかもしれない、と雅は初めて思い至った。
     黒李との戦いの後では余計に、己の力のなさに悩んだのかもしれない。光鈴の力を不本意に思っていた雅ですら、あの瞬間は力を欲したのだから。
    「お借りいたします、晄潤様」
     大事そうに鏡を握りしめて、春蘭は晄潤をまっすぐに見つめ、ひとつ頷いた。それに晄潤も頷き返す。
    「これで、三種の神器も揃いました。明日が、本番ですよ」
    「はい! って、え? 明日? 陰羅ってそういえばどこにいるんですか?」
     今の口ぶりだと、陰羅の居場所はすぐ近くだというように聞こえる。だが、ここは命の山の近く。光鈴と縁の深い場所のはずだ。そんな場所の近くに、邪神がいるものだろうか。
    「ああ、すぐそこですよ。ここから歩いて一時間くらいです。明日案内しますね」
     晄潤があまりにもさらりと言うものだから、どう反応すればいいのか分からず、雅は数度瞬く。
    「……意外と、ご近所さんなんですね」
     何とか口にできたのも、そんな言葉だけだ。何で聖域と呼ばれるような場所の近くに邪神がいるのか。というか、いくら光鈴の術によってこの場所が感知出来ないようにしてあるとはいえ、気付かないものなのだろうか。
    「そうなんです。ご近所さんなんです。近所づきあいはありませんけどね」
     晄潤はにこにことそう言ってから表情を真剣なものへと変えた。
    「決戦前夜です。……三人とも、ゆっくりと休んでくださいね」
     その言葉に、三人は黙って頷いたのだった。

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