雅はひたすらに力を感じる方向に向かって走っていた。
その途中で、慧と春蘭と黒李。三人の力が変化したのを感じて、雅は顔をしかめた。
「何で……? 戦い、はじめた?」
強い力がぶつかるような気配に、雅の肌が粟立つ。雅は腕をこすると、いつの間にか止めてしまった足を再び動かし始めた。
何でそんな無茶をと思う。けれど、慧や春蘭らしい選択のようにも思えた。
晄潤の元にいる限り、黒李は単独では雅を追う事は出来ない。光鈴の術のことを慧と春蘭が知っているかどうかは分からないが、黒李がつけていることに気付いたのではないだろうか。
少なくとも、黒李から慧達に接触を計ろうとすることはないはずだ。
そうして、黒李の尾行に気付いてしまえば。慧は、戦うことを選択するだろう。春蘭だって、黒李を案内することを是とするとは思えない。
雅は唇を噛み締めた。
昨日、あれほどの力の差を感じたばかりだというのに、無謀だ。
けれど、よく考えれば自分だって無謀なのかもしれない。
黒李の力を感じられるようになった。力が馴染んできているのだと、晄潤は言っていたから強くなっているのかもしれない。けれど、戦いに関しては無知なままで。それでもこうやって、黒李や陰羅に立ち向かおうとしているのだから。
類は友を呼ぶなんて言葉が頭を過ぎって雅は苦笑した。お互い様なのだろうけれど、なんて危険な類友なんだろうか。
緊張感もなくそんなことを思いつつ、走り続けているとふいに背筋に悪寒が走った。同時に、脳裏に言葉が閃く。
前にもこんなことがあった。そう、暗奈に襲われた、その時に。
その時は頭が真っ白で何も考えられなかった。ただ、反射的にその言葉を紡いで、そうして力を、傷つけることを恐れることになったけれど。
何が起こるかも分からずに魔法を使ってしまった、あの時とは違う。
雅は、頭に浮かんだ言葉を紡ぐことに迷わなかった。
「……聖域を、築けっ光の盾よっ」
木々が途切れて視界が開けた。そうして目の前に飛び込んできたのは、黒李が放った炎に呑み込まれそうになる慧と春蘭の姿。
二人の名前を呼ぶ代わりに、雅は叫んだ。
「……シールド!!」
言葉と同時に、慧と春蘭の目の前に淡く輝く光の盾が出現する。そこに炎が激突し、爆ぜた。その音に、目を閉じて炎に備えていたらしい慧と春蘭が目を見開く。
「ええ!? こ、これは……っ!?」
「……雅っ!?」
最初に雅の姿を見つけたのは、慧だった。雅は、木の幹に手をついてふーっと大きく息を吐き出す。そうして、肩で大きく息を繰り返した。ここまで走り通しで息が整う気配はなかったが、走ったことは無意味ではなかった。
あと少し遅かったら、二人はどうなっていたことか。
安堵とまた会えた嬉しさに小さく笑みを零しかけるが、雅はすぐに表情を改める。全ては、黒李を倒してからだ。ようやく息を整えると、雅は顔を上げた。
慧と春蘭、そして黒李もどこか呆然と雅を見つめている。
「光鈴? 本物か? しかし、これほどの力……」
黒李が小さく呟いているが、後半部分はほとんど聞き取れない。雅は黒李から視線を外さぬまま、慧と春蘭の元に走った。
「雅ちゃん……」
「やっほー。一日ぶりー」
まだ呆然としたままの春蘭に軽く手を上げてみせる。春蘭がはっと我に返った。目の端に涙を滲ませて、雅の手を掴む。
「雅ちゃん! 無事ですか!? 怪我、怪我はっ!?」
「昨日の? 大丈夫、大丈夫」
雅の言葉に、視界の端で慧がほっと息をついたのが見えた。
「でも、どうして……」
「その話は後でね、春蘭。……今は黒李をどうにかするのが先、でしょ?」
「そ、そうでしたね! すみません、嬉しくて……我を忘れてしまいました」
春蘭のその言葉は、素直に嬉しい。雅は小さく笑う。そうして、雅は黒李に視線を向けた。黒李は目を細めてしばらく雅を見つめていたが、ふと口を開く。
「……昨日、あれほどの傷を受けてよく平気な顔で、俺の前に立てるな? 戦いなれていないようだから、次に会った時はもっと怯えるのではないかと思っていたが」
「それは、ご期待に添えなくてごめんなさいねー。色々吹っ切れたんで、あんたなんか怖くないわよ」
すっぱりとそう言うと、春蘭が目を丸くした。
「しかも、昨日よりも格段に力が強くなっているな……。どうやって手に入れた?」
「そんなの、敵さんに教えるわけないでしょ? まあ、あえて言うなら、それも色々吹っ切れたから?」
答えにならない答えを口にすると、雅はびしりと黒李に指を突きつけた。
「……あんなに痛いのはもうごめんなので! あんたにはもう負けないわよ、黒李!」
言ってから、少しだけ言葉選びを間違えたな、と思う。ちっとも様にならない。
自分でもどうなのかと思う宣言に、黒李は再び目を細めたのだった。