長い話になるだろうからと晄潤から差し出されたカップを受け取り、雅は口を開く。
「……慧と春蘭。……えっと、煌輝の生まれ変わりの人と、巫女の子と国立図書館に行きました。あそこで、封印された本を見つけました。伝説の真実が書かれた本を」
「私が書いた本ですね。封印が解けた気配は伝わってきましたから」
そう言って、晄潤は小さく微笑む。
「その本を読んだから、雅は私を訪ねて来た。そうでしょう?」
雅はこくんと頷く。
「あの本、すごく古そうに見えましたけど……」
「まあ、書いたのは数百年前ですから。でも、術がかけてありますから、保存状態はいいはずですよ?」
あっさりと放たれたその言葉に、雅は小さく首を傾げた。
「……すっごい今更なんですけど、晄潤さんって何者なんですか?」
「本当に今更ですね」
晄潤は雅を見て苦笑した。雅は曖昧な笑みを浮かべる。
「……私は、光鈴に仕えていました。そして、これはまあ世を忍ぶ仮の姿というか……」
突然意味不明なことを言い出した晄潤に、雅は首を傾げる。
「は?」
「これ、私の本当の姿じゃないんですよ」
何を言い出すんだこの人はという顔をする雅の前で、晄潤は胸に手を当てて笑う。
「私はね、神獣なんですよ。元々は鳥なんです」
「……と、鳥? 鳥っていうとくちばしがあって翼があって、空飛んじゃったりするあの鳥?」
「はい。その鳥です」
にこにこと頷く晄潤に雅は考え込む。
本当に不思議なところだとは思うが、よく考えれば九官鳥だってオウムだってしゃべるのだ。剣と魔法の世界ならしゃべって変身する鳥がいたっておかしくないに違いない。
雅の中で既に剣と魔法の世界と言う言葉が、不思議な現象への免罪符となっていたりする。
変身って何かポーズとったりするんですかと聞こうかとも思ったが、さすがにそれは緊張感がなさすぎると雅は疑問を飲み込んだ。
自分でも呑気なことを考えてるとは思う。本当は、真実を知ることが怖くて、逃げたいのかもしれない。
けれど、いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。それに――心の底では、既に選んでいる気もする。進むべき道を。
「……天界って、神獣もいるんですね。イメージ的には朱雀とか鳳凰みたいな感じですか?」
とりあえず、変身ポーズに代わる質問を投げかけた雅に、晄潤は頷いて苦笑した。
「そうですね。……やっぱり、驚きませんねぇ」
晄潤は残念そうに俯き、ため息をついた。驚いて欲しかったらしい。
「……すみません」
あまりにも悲しそうな表情をするので、雅は謝ることにした。そんなに人を驚かせたいのかとも思うが、こんな人里離れたところに住んでるから、人恋しいのかもしれない。
晄潤は小さく笑ってから、表情を真剣なものに戻した。
「まあ、いいですけどね。さて、雅。何から聞きたいですか?」
その問いかけに、雅は反射的に息を呑んだ。
「あの伝説は……本当、何ですよね? 地界の、光鈴の生まれ変わりが何度も召喚されたって……」
「ええ」
迷うことなく真剣な瞳のまま頷き返されて、雅は微かに俯いた。
心のどこかでは、嘘であってほしいと願っていたのだと、今更ながら気付く。
「何で……。何で、そんなことに……。光鈴が陰羅を倒してくれればよかったのに……」
その言葉に、晄潤は悲しそうに微笑んだ。
「光鈴も、そうしたかったでしょうね。……いつ達成するか分からない、悲しい運命が繰り返されるこの計画を、出来れば実行したくなかったに違いありません。……けど、そうせざるを得なかった」
「……どういうことですか?」
瞬く雅に、晄潤は淡く微笑んだ。
「……どこから話しましょうか。私は、光鈴に仕えていました。そして、彼女は陰羅を封印する前に、私に使命を託したのです。光鈴の生まれ変わりに真実を授け、その道を導くように、と。……そうして、私は永遠に近い生を生きることになった」
それは、雅の疑問への答えではなかった。けれど、この話も本に載ることも、人に伝えられることもない伝説の真実の一部で。それを晄潤が語ることに何らかの意味があるような気がした。
だから雅は話を止めなずに、気になった部分を反芻する。
「永遠に近い、生……?」
「神獣といえども、死なないわけではありませんからね。私は、光鈴の力で生を受けました。だから、彼女が死ねば、私もそう長い時を待たずに消滅するはずだった。……けれど、光鈴はその時を止める術を私に施したのです」
「なん、で……?」
「それはもちろん」
晄潤はそう言ってにっこりと笑い、雅を見据える。
「この伝説を、終わらせるために」