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    蒼穹の狭間で  4.真実を知るもの(2)

     その男の出現に、慧の表情が緊迫感を帯びる。
     今までにないほど緊張した慧の面持ちに、雅は小さく息を呑んで、目の前の男を見つめていた。
     雅達の誰一人として、声をかけられるまでこの男の存在に気付かなかったのだ。
     そして、慧や青ざめている春蘭の表情を見れば、そして腕に鳥肌が立っていることに気付いてしまえば、嫌でも分かってしまう。この男は、強い。今この場にいる誰よりも。
     雅達三人の中で一番戦闘に秀でているであろう慧でさえも敵わないなら、雅達がこの男に勝てる可能性は低い。
     魔法が使えるようになったとはいえ戦い方を知らない雅など、戦力としては論外だ。
    「……光鈴の生まれ変わり一行、だな」
     低く、静かな声で男が呟く。雅は声が震えないように、腹の底から声をあげた。
     強がりだ。分かっている。でも、そうでもしていないと、気持ちを保っていられなかった。強がっていなければ、きっと立ってなどいられない。崩折れてしまう。――心も、身体も。
    「何今更確認してるの? 分かって声をかけてるんでしょ?」
     その返答に、男は小さく笑う。
    「そうだな。俺にも、陰羅様にも分かる。闇に属する者ゆえ、強い光には敏感なのだろう」
     相反するがゆえに、その力を強く感じる、と男は言った。
     雅は小さく唇をかむ。その言葉が本当ならば、陰羅は雅の居場所を把握している、ということになる。だが、雅には分からない。
     それはそのまま、雅と陰羅の力量の差だ。
     自分に、何らかの力があるのは認める。それが、彼らのいう光に属する力らしいことも。けれど、これほどまでに力の差があって、本当に自分は光鈴の生まれ変わりなのだろうか。
     そんな疑念が、雅の頭を過ぎったが、雅は小さく頭を振った。
     今はそれどころではない。
    「……で? あんた、何者よ? 名乗りもしないなんて失礼じゃない?」
     雅の言葉に男はそれもそうだな、と呟く頷いた。
    「我が名は黒李。陰羅様に仕える者。暗奈と同じく……式だ」
    「やはり……」
     雅の隣に立つ春蘭が、小さく呟く。
     ちらりと視線を向ければ、春蘭はこくんと小さく頷いた。
    「気配が……同じです。酷く暗いのに、どこか虚ろで……生きている感じがしない……」
     雅は黒李と暗奈の特徴の一致から、黒李も式だと考えていたのだが、力の気配も違うのか、と思う。これは力量の差云々よりも、単純に雅にその区別がつかないだけだと思われた。
     短い旅の中ではあったが、気配から何の生き物かを推測するという、雅から見れば離れ業を、この二人は何度かやって見せたりしていたのだから。
    「さすが巫女殿」
     黒李はそう言って小さく笑った。
     そんな黒李を、慧は険しい表情のまま睨みつけている。
    「煌輝の生まれ変わりか。……しかも」
     慧に視線をやった黒李はそう言って目を細めている。
    「……目覚めかけているな。草薙剣も手に入れたのだったか……」
     そう言って、黒李は目を細める。
     その瞳の冷たさに、雅はぞくりと背筋を震わせた。黒李の放つ気配が変わったのだ。
     春蘭が半歩だけ前に出て、慧が低く身構えた。
     暗奈の時に感じたのと同じ恐怖だが、その力が分かる分、恐怖心も前回よりも強い。
    「……っ」
     雅は無意識に右手を強く握り締めていた。
    「……恐ろしいか? 光鈴」
     雅の様子を見て、黒李が酷薄に笑う。もはや雅には強がりを口にするような気力もない。
    「その恐怖を、絶望を……魂に刻め。そうして、堕ちて来い」
     闇に。
     声にはならない言葉が、そう聞こえた気がした瞬間。黒李の力が爆発する。
    「ひっ……!」
     春蘭が小さく息を呑み、動きを止めた。
     雅も同様だ。身体が竦んで動けそうにない。攻撃がくると、分かっているのに。
     瞬間、慧がざっと動き、雅の前に立ちはだかった。そして。
    「出よ、光の盾! 見えざる守り、魔を防ぐ力よ! 我が意思によりここに具現し、その力を解き放て! ――光壁陣!」
     黒李の攻撃と、慧の魔力が爆発した。

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