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    蒼穹の狭間で  1.伝説の始まり(9)


     外に出た瞬間、叩きつけられた痛いほどの殺気に、雅は一瞬怯んだ。
     外に出て視界が開ければ、魔物達の姿は先程よりもよく見える。どれも同じ種類の魔物で、あえて言うなら二本足立ちしている熊に近い姿をしている。
     それなりの覚悟は決めて飛び出したものの、怖いものは怖い。
     やっぱり、早まったかもしれないと思ったが、出てしまったものはしょうがない。そのまま走り、剣を構える慧の横に並ぶ。慧の視線は魔物に向けられたままだったが、彼は焦りの声を上げた。
    「何で出てきた!? 長老様と隠れてろ!」
    「ごめん。……でも、状況分からないほうが怖いわよ。それにあいつらがもし火とか得体の知れない何かを吐き出したりしたら、家の中じゃ逃げ道ないじゃない」
     思っていたよりも冷静な声が出せたことに、雅は内心安堵する。逆に、慧は驚いたような顔をした。
    「……冷静だな?」
    「そうね。……自分でもびっくりだわ」
     素直にそんなことを言ってしまう辺りは、やっぱりどこか動転しているのかもしれない。
    「……で、あいつら火とか怪光線とか吐いたりするの?」
    「えっと……はい。怪光線が何なのかは分かりませんが……火は、使ってきます。だからこちらからも迂闊に手出しが出来ないでおり、ます。……囲まれていますから、先手を打っても火を使われたら……」
     先程の気まずさを引きずったままなのだろう。春蘭の言葉は若干ぎこちない。
    「じゃあ、この状態、やばいのよね。……あいつら、強いの?」
    「いや。群れているから厄介だが、単体ならそんなに強くない。思考能力も高くないし、動きも単調だから……何とか隙をつければいいんだが……」
     慧の言葉に雅は考え込む。隙をつく方法なら、なくはない。この魔物達が陰羅の指示で集まっているのならば、恐らく上手くいくのではないかと思う。あまり、取りたい手ではないのだが。
     それにしても、と雅は魔物を見回しながら首を傾げる。
     外に出て把握できた魔物の数は、二ダース近い。これだけの数が、近くにある集落を完全に無視して、この長老宅を取り囲んでいる。こんなことは起こりえるのだろうか。
     思考能力が低いらしい魔物に、そんな細かい指示が行き届くとは思えない。何匹か村を襲う魔物がいてもおかしくなさそうなのに。
    「……光の力とか……そんなのを感知する能力がある、とか……」
     その呟きはあまりに小さく、慧にも春蘭にも届かない。
     こんな結論を出さざるを得なかったことは、雅にとってはかなり不本意だ。自分が光鈴の生まれ変わりだと認めたかのような仮定しか思い浮かばない。けれど、そう考えればある程度の辻褄は合うような気はした。それに、何より。不愉快だからといって目の前の現実から目を背けるわけにはいかない。
     雅が認めようが認めまいが、この世界は雅を光鈴の生まれ変わりだと思っている。その、現実を。そして、そのせいで自分の命が狙われている、この事態を。
     そこまで考えた雅の心に、魔物に対する恐怖以上の怒りが沸いてきた。
    「どいつも……こいつも……人を、何だと思ってるのよ……!」
     光の神には相応しくないだろう低い声で呟いて、雅は顔を上げた。
    「……ねえ。あいつら、混乱させて分散させたら、勝てる?」
    「そう、ですね。……混乱して分散すれば、各個撃破すればいいので……」
    「……りょーかい」
     雅は諦めたように息をつくと、すっと息を吸った。そのやり取りと雅の行動に不穏なものを感じたのだろう。慧が口を開く。
    「待てっ! あんた、何する気……」
     その言葉と、雅が地面を蹴るのは、ほぼ同時だった。
     走り始めた雅に向かって、魔物の一匹が口から炎の塊を吐く。本能的な恐怖に足が止まりそうになったが、雅はぎっと魔物を睨みつけた。
    「女子高生を……なめんなぁっ!」
     叫びつつ思いっきり横に跳べば、今まで雅がいた場所を炎が通過していく。
     直撃を避けられたことに安堵したのも束の間、雅の目の前にいた魔物が炎を吹いた。避けようのない直撃コースだ。雅は思わず足を止める。
     その時。
    「出よ、光の盾! 見えざる守り、魔を防ぐ力よ! 我が意思によりここに具現し、その力を解き放て! ――光壁陣!」
     朗々たる少年の声が響き、雅の足元に魔法陣が展開する。そして、何かが雅を包みこむような感覚のあと、炎が弾かれた。
    「――戻れ!」
     慧の険しい声が背後から聞こえる。雅だって出来れば、戻りたい。だが。
    「無理!」
     きっぱりと言い切って、止まった足を再び動かす。全力で魔物の横を駆け抜け、先程の平原からここまで来た道を辿る。この道から平原にかけては民家らしきものは見えなかったから、誰かを巻き込むことはないはずだ。
     一方、魔物の群れは突然の事態に混乱していた。しかし、魔物の群れの三分の二近くが、雅を追って動き出したことで、慧ははっと息を呑む。
    「……あいつを、狙ってるのか……」
     呆然とした呟きは小さすぎたらしい。首を傾げる春蘭の肩をぽんと叩いた。
    「春蘭、ここを頼む。あいつらを引き付けてくれ」
    「え? け、慧君!?」
     言い捨てて雅を追って駆けていく慧の背を呆然と見送りかけた春蘭だったが、残りの魔物も雅たちの方に向かおうとしているのを見て、我に返った。袖の袂から数枚の札を取り出し、表情を凛々しいものへと変える。
    「……いかせませんよ!」
     その言葉を理解したはずはないのだが、魔物達が春蘭を振り返る。春蘭は低く身構え、叫んだ。
    「……参ります!」

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