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    蒼穹の狭間で  1.伝説の始まり(11)


    「……そう言えば、あの子……大丈夫なの?」
     全ての魔物が雅を追って来たのではないことは、雅も何となく気付いている。そうすると、残りはあの場所に留まっているに違いない。慧がここにいる以上、その相手をしているのはあの少女だ。そう思って集落に戻る道すがら尋ねると、慧が肩越しに雅を振り返る。
    「あの子……ああ、春蘭か? 大丈夫だろ」
     慧の口調は雅が想像していた以上に軽い。その口調の端からは春蘭に対する信頼感も窺える。雅は軽く首を傾げた。
    「……あの子、戦闘タイプには見えなかったけど?」
     その言葉に、慧が微かに笑った。
    「心配ない。あいつ、あれでも優秀な巫女なんだ。その分、信仰心も厚いから……あんたには不愉快な思いさせたけど」
    「はは……まあ、それはもういいんだけどさ。それ以前に話が見えないんだけど。……優秀な巫女だと、何で大丈夫なの?」
     その言葉に、慧が不思議そうな顔をした。
    「え? ……巫女は神の力を借りるんだから、当然だろう?」
    「神って……え? 光鈴?」
     二人は足を止め、見詰め合った。話がかみ合ってないと感じるのは、多分気のせいではない。
     そこで雅ははっと我に返る。そういえば、ここは異世界で剣と魔法の世界なのだ。言葉が通じるので何の違和感もなく話していたが、よくよく考えれば雅が思う巫女と慧たちの示す巫女という存在は異なるものなのかもしれない。
     慧もそのことに思い当たったらしい。僅かに考え込んでから、口を開く。
    「この地での巫女って言うのは、神に仕え、神の声を聞く者。そして神の力を借り受け、民を守る者だ。天界には創世神にして光の神の光鈴をはじめ、炎とか風とか様々な神がいる。神官も巫女も神の力と意思の代行者なんだ」
     思想的には、日本の八百万の神に近いものがあるらしい。
    「なるほど。……巫女として優秀ってことは、色んな神様の声が聞けたり力が使えたり、借り受ける力が大きかったり……。そういうことでいいの?」
    「そういうことだ」
     慧は頷いて再び歩き出す。その後に続きながら、雅は小さく呟いた。
    「……じゃあ、この世界の巫女さんは別に御神籤売ったり御守り売ったりするのが仕事ってわけじゃないのね」
     それが雅の巫女のイメージだったのだが。だが、よく考えれば、神社の売店にいる巫女はアルバイトでも出来るのだから、根本的にイメージするものが間違っていたかもしれない。
    「何だ? それは」
     やはり、多少常識が異なるらしく相変わらず微妙に会話がかみ合わない。雅は苦笑して首を横に振った。
    「ごめん、気にしないで。独り言。……それにしても」
     雅はちらりと背後に視線を送る。先程、雅が召喚された時にいたあの平原がある。
    「普通、神様の生まれ変わりとか救世主とか勇者とか召喚するなら、もっとこう仰々しい所でするもんじゃないの? 何であたし原っぱに召喚されてんのよ?」
     自分が光鈴の生まれ変わりだということを納得したわけではないが、それにしてもこの扱いはどうなのだろうと思う。王宮とかに召喚しろ、とは言わないがせめてそれっぽい祠とか広間とか中央神殿なる組織があるようだから神殿内とかでいいではないかと思う。こんな粗末な扱いで、どこの誰が自分は光の神の生まれ変わりだと納得するのだろう。
     雰囲気って大事だと心底思う。そういった荘厳な雰囲気の中召喚されれば、雅ももう少し信じたかもしれない。
    「それは……俺にも分からん」
     慧は困ったように眉をしかめた。
    「中央神殿は全国の神官や巫女を統括する組織なんだが……そこからの指令なんだ。春蘭はもっとしっかりした場所で光鈴召喚を行うべきだって訴状を出してたけど……結局こうなった」
     雅は一瞬だけ眉をしかめる。光鈴召喚という言葉に微かな引っ掛かりを覚えたが、突っ込むことはなかった。
     彼らがそのつもりで雅を召喚したことは事実だし、他に何か言い換える言葉も思いつかない。
    「何で?」
    「光鈴召喚を出来るだけ秘密裏に行いたいらしい。中央神殿で召喚すれば目立つからな。この召喚の件を知ってるのも……中央神殿の上層部、村長、春蘭と俺くらい、だな」
     雅は首を傾げた。
    「……光鈴召喚っていかがわしいの?」
    「そんな訳あるか!」
    「だって扱いそんな感じじゃない! みんなに秘密なんてサプライズかやましいかのどちらかよ!」
    「……あ〜……まあ、なぁ……」
     慧が気まずそうな顔をしているが、彼も詳細は知らないのだろう。雅は息をついて別の疑問を口にした。
    「……そう言えば、何であなたはこの件を知ってるの? 実は偉い人?」
    「まさか! そもそも、光鈴召喚を行うことになったのは、春蘭が光鈴召喚の信託を受けたからだ。……その日の夜、俺も光鈴に関する夢を見た。魔力を持つものが見る夢には意味がある。それが光鈴に関わるものなら、尚更。……だから、春蘭を通してそのことを報告したら、春蘭とともに光鈴を導けって指令が俺にも下ったんだ」
    「ふぅん……」
     瞬間、雅の脳裏を過ぎったのは、今朝見たあの夢だった。
     信じたくはないけれど。あの夢はこのことを雅に示していたのだろうか。
    「……それで、あんたはどうするんだ?」
     その言葉に立ち止まって目の前の少年を見れば、慧はとても真剣な目で雅を見ていた。
    「やっぱり、納得なんて出来ない。今だって、あたしに出来たのは逃げることだけだったし。……でも」
     雅はそこで苦笑を浮かべる。
    「事態は、もうそんな段階じゃないみたい」
     どれだけ雅が違うと声を上げても納得が出来なくても、周囲が雅を光鈴の生まれ変わりとしてみて、それぞれ行動を起こしている。それは事実で。だから陰羅も雅に向けて魔物を差し向けてきたのだろう。
     それでも、自分には関係ないと突っぱねて地界に帰せと言い張ることも出来るし、言い続けていれば帰してくれるかもしれない。
     けれど、陰羅から見て、この段階で雅の命を狙う意味などあるのだろうか。念の為に脅威となるかもしれない存在を消しておこう、くらいの意図しか見えないのは雅の気のせいだろうか。
     もし、陰羅の思惑が自分の脅威となる存在を念の為に消しておくという程度でしかなくて、雅が地界に戻った後もやっぱり脅威になったら困るからと考えたりしたら。
     地界から天界は見えない。けれど、天界は地界の存在を知っておりなおかつある程度の干渉が出来る。それは春蘭が雅を召喚したらしいことから明らかで。ならば邪神である陰羅にも地界に干渉することは可能に違いない。
     たとえば、地界に魔物を送りこむとか、そういうことも。
     それはとても恐ろしい想像で、かといってその可能性をないものには出来ない。
     ならば、雅のとる道は一つしかない。
    「……やってやろうじゃない、救世の使命。……あたしに何が出来るのか、どこまで出来るのかなんて分からないけど」
     自分が神様の生まれ変わりだなんて信じられないけれど、それで逃げたりしてもし地界の大切な人達に何かがあったら後悔では済まないから。
     なら、受け入れて立ち向かおうと、そう思った。 

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