市の中心部からやや外れた位置にある公園。大きな通りに面しているわけでもないその公園は、近くにコンビニもないせいか夜になると誰の姿もなくひっそりと静まり返る。
 閑静な住宅街の中にある、ごくありふれた公園。それが、この公園の本来の姿だ。
 だが、今日は違った。薄暗い公園に低い声が響いている。
「……最悪、ほんっとに最悪……」
 不気味に響くその声は、若い女性のものだ。その声とほぼ同時にがんっと鈍い音が響く。
 公園を照らす街灯はいくつかあるが、その光も音と声のする場所までは届かない。住宅街の明かりも届かないその場所からするその声と音のせいで、公園は異様な雰囲気を放っていた。
 その不気味としか言いようのない声と音を遮ったのは、呆れたような男性の声だった。
「……おい、それかなり不気味っつか、怖いぞ。朱鳥」
 朱鳥と呼ばれた声の主は、腰かけていたジャングルジムのてっぺんから呼びかけた男性を見下ろした。その拍子にぶらぶらと空中で所在無げに揺れていた右足の踵が、ジャングルジムに当たった。がんっと再び音が鳴る。思っていたよりもいい音がしてしまったのは、靴の素材のせいだろうか。さすがに近所迷惑だからやめようと、朱鳥は足を振るのを止める
「……馴れ馴れしく呼ばないでって言わなかったっけ?」
「あー……。言われた、ような気がしないでもない」
 朱鳥に冷ややかに声をかけられた青年はそう言ってへらりと笑う。その態度に朱鳥がむっとした表情をするとほぼ同時に、朱鳥の頭上で大きな羽音がした。朱鳥は思わず視線を上に上げるが、この暗さでは大きな鳥が頭上を旋回しているのが辛うじて見えるだけだ。
「……随分と緊張感のない会話であるな。刀夜殿、小娘」
 大鷲がやたらと堅苦しい口調で言いつつ、朱鳥の真横に舞い降りる。
 普通に考えて鷲がしゃべるわけがないし、そもそも都会というには憚られるけれども、それでもそこそこには人口密集地であるこの場所に鷲がいること自体がおかしい。しかも朱鳥のことを小娘呼ばわりだ。けれど朱鳥は、そのどれに突っ込むわけでもなく普通にその大鷲の名前を呼んだ。
「レンちゃん!」
「だから、変な呼び方をするでないと言っておろうがっ、小娘! 紅蓮だ!」
 その反応に、朱鳥は不満の声を上げる。
「ええ〜っ!? やだ、そんな可愛くない呼び方。見た目は鷲でかっこいい感じだし、しゃべり方がそういう風なんだから、呼び方は可愛い方がいいと思うんだよね〜。いいじゃない、レンちゃん。……あ、それともやっぱりぐっさんの方がよかった?」
「そういう問題ではない!」
 先ほどの刀夜に対する冷ややかな声とは打って変わったような明るい声を出す朱鳥に、一人ジャングルジムには登らずにいる刀夜は、眉をしかめた。
「だから、紅蓮と俺との態度違いすぎるんじゃないか? 差別だ、差別!」
 その言葉に、朱鳥はつんとそっぽを向いた。
 本当ならばこの男の顔など見たくない。諸事情で今日は一緒にいるだけで腹が立つ。けれど、これからこの場所には焔魔が現れるはずだ。先日、祖母に刀夜と二人で焔薙ぎをすると誓った以上、どんなに刀夜が嫌でも約束を違えることは出来ないし、するつもりもない。
 朱鳥はポケットから携帯電話を取り出すと、時刻と仕事の内容を確認した。そして右手で膝の上に置いてある己の武器に触れる。すでに鞘から抜かれたその銀色の刀身は、月明りを受けて輝いている。焔魔の出現の気配を察知して振動する破邪退魔の剣だが、今のところ目に見えた変化はない。出てくるまではもう少し時間がある、ということだろう。
「そろそろ、かな。……九時半以降に公園のごみ箱に火をつける焔魔、だっけ?」
 尋ねるというよりは自分自身に確認するような口調で、朱鳥は呟いた。
 ここ最近、人気のない夜の公園のごみ箱が燃えるという事件が続いている。幸いにもどの火もボヤ程度ですんではいるが、警察は連続放火事件とみて捜査を進めているらしい。
 けれど、この事件もまた人の手によるものではない。焔魔によるものだ。ならば、この事件を解決できるのは焔薙ぎである朱鳥たちを置いて他はない。
 調査と紅蓮の見回りの結果、今日焔魔が出現するのはこの公園だろうと割り出した朱鳥たちは、ここでこうして焔魔の出現を待っているところだ。
 刀夜は、唯一の街灯に照らされた公園の時計を見て小さく頷いた。公園の時計の針も、もう何分かしたら九時半を示すだろう。
「だな。……その焔魔、ごみに恨みでもあんのかな」
 それは一体どんな恨みだろうと思うのだが、焔魔に聞いたところで答えは得られないだろう。基本的に、焔魔は人語を話すことが出来ない。例外は、焔薙ぎと契約を交わした焔魔ぐらいだろう。今朱鳥の隣にいる紅蓮がいい例だ。刀夜と契約を交わしているからこそ、大鷲という仮初の姿を得て、こうして会話することが出来る。
「……知るわけないでしょ」
 そんなことを思い出しつつもそっけなく朱鳥が応じると、刀夜は再び眉をしかめた。朱鳥の隣の紅蓮もまた首を傾げる。
「どうかしたのか? 小娘。今日はいつにもまして刀夜殿に冷たい気がするが」
「やっぱりそうだよな〜。なんかあったっけか?」
 刀夜の言葉に、朱鳥はすっと目を細めた。
「へぇ〜……。あんた、そういうこと言うんだ? 昼間、あたしにあれっだけ恥ずかしい思いさせといてっ!」
 それこそ、さっきまで延々と毒づいて不気味だの怖いだのと言われようと気にならないくらい、恥ずかしい思いをさせられたというのに。
「と、刀夜殿!? 何をしたのだ!?」
 興味津々に身をのりだした紅蓮が、バランスを崩しかけてバサバサと翼を動かす。一方の刀夜はしばらく沈黙してう〜んと小さく唸った後、首を傾げた。
「俺、なんかしたっけか?」
 刀夜のその発言は、朱鳥の堪忍袋の緒を切れさせるのに十分だった。
「したからこんなに怒ってるんでしょぉぉぉぉぉ!?」
「な、何があったのだ!?」
 紅蓮が朱鳥に視線を向け、わくわくとした様子で尋ねてくる。鳥なので、さすがにどんな表情なのかは分からないが、きっと目がきらきらと輝いているのだろう。そんな声音だ。
「聞いてよ、レンちゃん!」
 朱鳥はここぞとばかりに身を乗り出した。親にも友人にも言えなかった愚痴を晴らすチャンスだ。
「おいおい、戦闘前に緊張感ねぇな〜。まぁ、この前みたいに無駄に緊張しまくって動きぎこちなくなるよりマシなのか?」
 呆れた口調で皮肉を言う刀夜を、朱鳥はぎろりと睨み付ける。
「うっさい! 横取り男なうえに覗きまでしてたのね! この変態!! やっぱり最低!! ……レンちゃん、あなたのご主人、ひっどいのよ!」
 そう言って朱鳥はつい数時間前、学校から帰る時の出来事を語りだしたのだった。

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