青い空をいくつもの船影が翔ける。
天翔ける船・飛空艇。人々を乗せて空を航行する船に取り付けられた国旗は、世界最強の軍事国家バロンのもの。バロンが有する空軍『赤き翼』の飛空艇部隊だ。
その部隊を率いて先頭を飛ぶ飛空艇、その甲板の中央に立って飛空艇部隊を指揮するのは、若干20歳にしてバロン内でも最強の名を冠する『赤き翼』の部隊長に昇りつめ、バロン王の右腕としても名高い暗黒騎士。セシル=ハーヴィである。
赤子の頃にバロン近郊の森に捨てられていたセシルにとって、彼を拾い育ててくれたバロン国王は忠誠を尽くす相手であると同時に、尊敬する騎士であり、敬愛する父である。
……しかし、これは。今回の任務は。
「部隊長!じきにバロンに到着致します!」
敬礼と共に部下からなされた報告に、セシルは小さく頷く。
「……ああ」
いつもより覇気のない上司の声に、部下達の表情が一様に曇った。「……やはり、部隊長も……」
「いくら陛下の命令とはいえ……罪もない人々から、クリスタルを……」
その言葉に、兜に隠れたセシルの顔が苦悩に歪んだ。
そう。自分たちは国王の命令に従い、魔法国家ミシディアから水のクリスタルを奪った。非暴力・非服従を貫く魔道士達を力で屈服させて。
「部隊長!我々は誇り高きバロン王国の飛空挺団!!か弱き者から略奪をするなど!!」
部下の叫びに、セシルは息をつめて顔を上げる。
「やめるんだ!!」
己の心を代弁したかのようなその言葉を、セシルは声を張り上げて制止する。それ以上は言ってはならない。もし、これが国王の耳に触れたら、彼らの運命は。
「しかし、部隊長!!」
「ミシディアの魔道士達は無抵抗でした!我々は、彼らをっ……!」
部下達の気持ちは痛いほどよく分かる。どのような大義名分を掲げても、今回の任務は略奪行為に他ならないと指揮をしたセシル自身が理解している。
それでもセシルは口を開く。自身に言い聞かせるかのように。
「良いか、皆……。クリスタルは我がバロン王国の繁栄の為にどうしても必要なのだ。ミシディアの魔道士達はクリスタルの事を知りすぎているとの陛下のご判断だ。我々は、バロンが有する飛空挺団『赤き翼』!……陛下の命令は絶対なのだ」
その声には、隠しても隠し切れない苦悩が滲み出ていた。
「……部隊長」
セシルは暗黒騎士という身分上、人々に忌み嫌われることが多い。けれど、彼に近い者や彼の配下の者達は知っている。禍々しい力を身につけたこの騎士が、本当は誰よりも心優しく、誠実であるということを。この真面目な隊長が、この任務に疑問を抱かないわけがない。
その時、物見の任に就いていた兵士が、緊迫した声を上げる。
「部隊長!前方より魔物がっ!」
セシルの纏う空気が瞬時に変わった。腰に佩いていた暗黒の剣の柄に手をかけ、セシルは声を張り上る。
「各艇に伝達!総員、戦闘配備!迎え撃つ!!」
「はっ!」
緑の丸い体に翼の生えた一つ目の魔物――フロータイボール――が群れを成して向かって来るのを視界に捕らえ、セシルは剣を抜き放った。
「砲撃開始!弓兵、前へ!……撃てっ!!」 セシルの号令と共に、砲撃が炸裂し、弓の雨が降り注ぐ。何匹かは今の攻撃で仕留めたはずだ。だが。
「……数が多いっ!」
セシルは小さく眉をしかめた。今の攻撃で仕留めきれなかった魔物達が飛空艇に到達した。
「来るぞ!!」
セシルは甲板を蹴りつつ、叫んだ。迎い来る一匹目を地を蹴った勢いそのままに上段から切り捨て、返す刀で二匹目の攻撃を受け止める。
「さすが部隊長!…強いっ」
セシルが魔物を倒すごとに、味方の指揮も上がっていく。
魔物の群れを全滅させるのは、時間の問題だった。
「皆、無事か!?」
魔物を全滅させたことに安堵する間もなく、セシルは部下達を振り返る。
「……さすがに無傷ではすまない者もおりますが、命に別状のある者はおりません。怪我をした者も皆、軽傷です」
「そうか……」
「しかし、ここのところ魔物の数が……」
兵士の言葉に、別の兵士が頷く。
「確かに、ここのところ多すぎる。それに、凶暴にもなっていないか?」
今まで、魔物がこんな集団で襲ってくることなどなかったというのに。
「……何かが起こる前触れか?」
それはセシルも感じていたことだった。ここのところ、魔物に襲われたという報告が上がってくる事が増えた。それだけではない。今まで人を襲うことなどなかった大人しい魔物までが人に牙を剥くようになった。
何だか、嫌な予感がする。
「……まもなく、バロンに到着です!」
セシルは小さく頭を振った。今は、任務の遂行が第一だ。
「総員、着陸態勢に入れ!!」