「……セシル!」
ローザの声に、セシルはぱかっと目を開けた。心配そうにセシルを覗き込んでるローザに、笑って見せてからゆっくりと上体を起こす。
「みんな……無事か?」
セシル以外は、全員目を覚ましていたらしい。力強く頷く中で、シドだけがしょぼんと肩を落としていた。
「無事なもんかい! エンタープライズがいかれてしもうた……。道具もないし、ここじゃあ応急処置も無理じゃな……」
「……そう、か……」
セシルは立ち上がって、シドの肩を軽く叩いた。シドが大きくため息をつく。
その隣で、カインが徐に高く跳躍し、マストの見張り台まで上がった。そうして周囲を見回したカインは、やがてある方向を指差した。
「セシル! 城が見える!」
「何だって!? ……じゃあ、とりあえずそこに向かおう。このまま、ここにいるわけにはいかないしね」
動かなくても溶岩からの熱でじっとりと汗が滲むのだ。この状況では遅かれ早かれ体力が尽きるだろう。
「そうですな」
「そうね」
ヤンとローザがこくりと頷く。カインがマストから飛び降りてくるのを待って、セシル達は昇降口へと向かった。シドが、飛空艇の帆を見上げぽそりと呟く。
「待っておれ、エンタープライズ。……必ず帰って来るからな……!」
そうして降り立った大地は、やはり暑かった。セシルは、方位を見定めようと空を仰ぎ、ここが地底で太陽のない場所だと気付く。癖で空を見たが、空には岩の天井が続くばかりだ。
それでも地底世界が少しも薄暗くないのは、マグマの海が周囲を照らしているからだ。
「そうか……地底に、夜はないんだね」
「え?」
「だって、ここを照らしているのはマグマの炎だろ? ……ということは、少なくとも太陽が沈んだから夜、なんて概念はないんだろうなぁ、と。……まったく違う世界だよね」
「そうね。……あの城には、どんなひとたちが暮らしているのかしら……?」
それも不安の種だ。あの城にいるのが友好的な民族とは限らないし、そもそも人でもないかもしれない。
だが、それはセシル達の杞憂だった。
「ラリホー!」
城門を守っている兵士の一人が陽気にそう言って、片手を挙げる。黒い肌に黄色がかった瞳。青い鎧を身に纏った男は門兵の割りに友好的だ。
「ら、らりほ?」
「ラリホーはドワーフの国のあいさつー! あいさつすればみんな友達ー! せーの!」
「「「「「「ラリホー!」」」」」」
戸惑いつつも衛兵に習うと、ドワーフは満足そうに頷いた。
「ゴルベーザはクリスタルを狙う悪いやつー! でも、あんたらは違うみたい」
どうやら彼は彼なりに何らかの判断を下したらしい。厳格な軍事国家の軍人であるセシルやカインからすれば、緩すぎるような気もしないでもないが――それほど、平和だったのだろう、地底世界は。
「奥に王様いるー。会っていくといいー」
ドワーフの衛兵に礼を言い、セシル達は城の中に入る。城の中は思っていた以上に快適だった。
「……全く暑くないな」
「ああ。涼しいくらいだ」
驚きに目を丸くしているセシルの目の前を、ドレスを着たドワーフの少女が通りかかった。見たことのないセシル達の姿に驚いたのだろう。少女は足を止めて、セシル達をきょとんと見上げる。
「あなた達、だぁれ? ……お父様のお友達?」
格好と言葉遣いの様子から、もしかしたらこの国のお姫様かもしれないなどと思いつつ、セシルは笑いかける。
「ええと……この国の王様に会いに来たんだ」
「やっぱり、お父様に会いに来たのね。あたしはルカ。ジオット王の娘よ。……よろしくね、お兄ちゃんたち」
「うん、よろしく」
「……ねえ、お兄ちゃんたちあたしの大事な人形を見なかった? さっきから探しているんだけど……見つからないの」
「うーん。……ごめんね、僕たちも今ここに来たばかりなんだ。見つけたら、知らせるよ」
「お願いね!」
そう言ってルカは駆けて行く。元気の良いお姫様である。それを見送ってから、セシル達は改めて王の間に向かった。
さすがに面会は難しいのではないのかと思っていたが、あっさりと王の面前に通される。ドワーフの王ジオットは地底の王に相応しい貫禄で、玉座に佇んでいた。
「あの戦場を横切った船に乗っていたのは、そなたたちか! ゴルベーザの部隊とは違ったようなので……誤って撃ち落してしまったかと心配しておったのだ。……無事でよかった」
心底気遣う口調に、セシルは頭を下げる。
「セシルと申します。地上より、ゴルベーザを追って参りました。……あの時、飛空艇と戦っていたのは……」
「おお、あれは飛空艇というのか! ……戦っていたのは、我が国最強を誇るドワーフ戦車隊だ。しかし、相手が空中ではこちらもなかなか上手く攻撃できなくてな……。おぬしらの船を貸してはもらえぬか?」
その言葉に、セシルは眉をしかめて、シドを見た。シドが肩を竦める。
「それが、さっきの砲撃でエンジンがいかれちまったんですわい」
「それならば、うちの材料と道具、人手も提供するが?」
それは願ってもみない申し出だ。シドは、既に技師の顔をしていた。
「むう。応急処置なら可能じゃが、それでは溶岩の上を飛べん……。ミスリルで装甲を覆う必要があるな……。となると、一度地上に出る必要がある……」
それを聞いたジオット王は、隣に控えるドワーフに何事か指示を出した。ドワーフがこくりと頷いて駆け出す。
「……よし! セシル、わしは一度地上に戻る! すぐに戻るから、後は頼んだぞ!」
「分かった!」
頷くセシルの横で心配そうに表情を曇らせるローザに、シドは不器用なウィンクを送った。
「ほっほ。ローザ、わしに惚れるなよ!」
そう言ってシドは物凄い勢いで駆けて行った。相変わらず元気な人である。
「……それで、陛下。地底のクリスタルの状況は……?」
カインの問いに、ジオットは真剣な面持ちで頷く。
「うむ。よっつある闇のクリスタルのうち……ふたつは奴の手に落ちた」
セシルは目を見張った。先程の戦闘で、ゴルベーザに遅れをとっているとは思っていたが、まさかふたつもクリスタルを奪われているとは思わなかった。
「では、残りはあとふたつ……!」
心境は同じなのだろう、呟くヤンの声音も心なしか固い。それを感じたのだろう。ジオットが安心させるように言う。
「だが……この城のクリスタルは、無事だ。今の保管場所ならば、ゴルベーザも手出しは出来んはず」
「それは……どこに?」
セシルの問いに、ジオット王は視線を玉座の後ろに向けた。
「この裏だ。隠し部屋になっておる」
その瞬間、ヤンが片方の眉をピクリと跳ね上げた。
「誰かが盗み聞きしている!」
しかし、セシルに気配は感じられない。カインも同様らしく、周囲を見回す。
「……何も感じんが」
「いや、確かに感じた。……あの壁の向こうだ」
そう言ってヤンが指差したのは、玉座の向こう、クリスタルがあるとされた場所だ。
「扉を開けいっ!」
ドワーフの一人が壁の燭台を引っ張ると、鈍い音をたてて隠し扉が開いた。そこにヤン、カイン、セシル、ローザの順で駆け込む。
そこには闇のクリスタルと、むっつの影があったのだった。