どれほど昇ったのだろうか。この塔には昇降機がついており、さらには先程から昇降を繰り返しているため、自分が何階にいるか分からなくなりそうになる。
「……五階、かの?」
地図に筆を走らせつつ首を傾げるシドに、ヤンが自信なさそうに頷いた。
「……かと、思いますが」
そして、何も言わないテラの表情には、微かな焦燥感がある。
その気持ちは、セシルにも痛いほど分かった。最上階にゴルベーザはいるという。ただ昇っていくだけならば、これほどの焦燥は感じなかっただろう。近づいているという実感があるからだ。
先程から繰り返される昇降に、近づいている実感などあるわけがない。焦燥感はどんどんと心は磨耗していく。
それでも表面上はセシルもテラも落ち着いている。焦りは何も生み出さないと、分かっているからだ。
そして、ある自動扉の前までやってくると、その先を遮るように三つの影が現れた。背が高くほっそりとした女性と、小太りの女性。そして、小さな女の子の三人組だ。
「お初にお目にかかる!」
堅苦しい口調でそう言ったのは、一番小さな女の子だった。見た目とは裏腹に、発せられる声は幼さを感じさせない、しっかりとした声だった。
「我らはゴルベーザ四天王、風のバルバリシア様に仕える、メーガス三姉妹」
そう言ったのは細身の女性。
「長女のマグ」
小太りの女性がそう名乗りを上げると。
「次女のドグ」
「三女のラグ」
細身の女性、女の子の順で名乗っていく。今までのゴルベーザ配下の者達と比べると、格段に礼儀正しい。
敵とはいえ、この三人を従えているバルバリシアの品性が窺えるような気がした。少なくとも、スカルミリョーネやカイナッツォのような輩とは違うのだろう。
だが――敵だ。
セシルは剣の柄に指をかける。
「ここまで来るとは、お見事」
「だが、この先には進ませない」
「バルバリシア様の命により……!」
交互に口を開いていたメーガス三姉妹は、同時にすっと息を吸った。
「「「我らがお前達をここで倒す!!」」」
見事なユニゾンを聞きながら、セシルは剣を抜き放った。
「そうはいかない! ここは通らせてもらう!」
仲間達も各々戦闘態勢に入る。それを見たドグが小さく笑う。
「我ら三姉妹の力、見るがいい!! いくわよ、姉じゃ!! 魔を反射する鏡よ、彼の者を守りたまえ! リフレク!」
ドグの放ったリフレクが、マグを包み込む。マグも笑みを浮かべた。
「今よ、ラグ! 私に魔法を!!」
その言葉に、笑みを浮かべたラグの詠唱が応える。
「マグ姉さん、はね返して!! 輝ける閃光よ! 裁きの雷よ! 彼の者に断罪の刃を与えよ! サンダラ!!」
セシルは三姉妹の意図を悟った。ラグがマグに向かい、ラグの唱えたリフレクによって魔法がはね返る。これではどこに魔法がくるのか、分からない。
「「「デルタアタック!!!」」」
三姉妹の声と同時に、シドに向かって雷撃が落ちた。
「シドッ!!」
「だ、大丈夫じゃいっ! な、何とかならんのか!? あれ!」
身体のあちこちに火傷を負いつつも耐え抜いたシドが、眉をしかめる。
「……セシル! ヤン! マグとかいう者を叩け!! そうすればわしの魔法で一掃出来る!」
その言葉に、セシルとヤンは素早く反応する。マグに肉薄する二人の背後から、テラの呪文の詠唱が響いた。
「時を駆け抜く疾風の翼、彼の者に与えん! ヘイスト!」
淡いオレンジ色の光が、セシルを包み込む。ヤンの少し後方を走っていたセシルのスピードが増す。重い甲冑を着たまま、ヤンと併走できるほどに。
「は、速い……っ!?」
予想外の速さで接近してきた二人に、マグが焦りの色を見せた。手にしていた大鎌を振りかざし、迎撃する構えを取ろうとする。だが、遅い。
「せいっ」
ヤンの鋭い蹴りが、あっさりと鎌の柄をへし折った。そこに、セシルが下からすくい上げるような一撃を放つ。
「はああっ!!」
「ぎゃああああっ!!」
マグが甲高い悲鳴を上げる。
「姉じゃ!!」
「マグ姉さん!! くっ! よくも!!」
ラグがそう言ってナイフを抜き放ち、呪文の詠唱を開始しようとした、瞬間。
「命を蝕む不浄の風よ!! バイオ!!」
テラの放ったバイオがラグを包み込んでいた。ラグは悲鳴も上げずに倒れる。
「ラグ!!」
「――余所見しとる場合か!?」
悲鳴を上げるラグに、シドが渾身の横殴りの一撃を繰り出した。
「――……くっ!?」
寸でのところで、ドグはその一撃を槍の柄で受ける。瞬間、シドは再び気合を込めた。
「……っもう一丁!!」
そのまま槍を払い、バランスを崩したドグの腹に、回転をつけることでさらに勢いをつけたハンマーを叩き込んだ。
「そ、んな……!」
ラグが小さく呟く。悔しそうに。
「我らが、負ける、なんて……!」
信じられない、という口調でドグが囁き。
「申し訳、ありません……! バルバリシア、さま……!」
マグが主人に小さく詫びて。セシル達は三姉妹を撃破したのだった。
「……ふう」
セシルは小さく息をついた。油断していたら、やられていたかもしれない。それほどの強敵だった。
だが、これ程の敵がこの扉を守っていたのだ。この先に、きっとゴルベーザがいる。
それは皆も感じているのだろう。仲間達を包む雰囲気が引き締まっていた。
シドが黙ったまま手持ちのポーションを自分に使っている。それが終わるのを待ってから、一同は三姉妹が守っていた扉をくぐったのだった。