FINAL FANTASY W 〜試練の旅路・7〜
セシルは祠の前に立つと、ごくりと息を呑んだ。辺りを包む荘厳な気配に、空気がぴりぴりしている。その時だ。
『……我が息子よ』
どこからか聞こえる声に、セシルは慌てて周囲を見回すが、辺りに人影はなかった。その声は祠から聞こえたのだと、遅れて気付く。
瞬間、祠が眩い光を放ち――気付けば、鏡張りの奇妙な部屋の中にいた。
全員が驚きのあまり硬直する中、再度声が響く。
『……待っていた。お前が来るのを……』
深い悲しみに包まれたような声が、部屋に響く。
『今、私にとってとても悲しいことが起きている……。これからお前に、私の力を授けよう。そうすることで、私はさらなる悲しみに包まれる……』
周囲を見回しても、誰の姿もないし、気配もない。セシル達だけだった。
『しかし、最早これ以外に術は残されていない……』
その言葉とほぼ同時に、セシルの目の前に一振りの剣が現れた。金に輝く刀身に、鍔には獅子が掘り込まれている。突如その場に出現した剣に、妙に惹かれて、セシルは手を伸ばした。まるで、吸い寄せられるかのように。
『……さあ、血塗られた過去と決別するのだ!』
セシルの手が、剣の柄を握った、瞬間。セシルの身体が光に包まれ、身につけていた暗黒の力を宿した装備品が弾け飛ぶ。
『今までの自分を克服しなければ、聖なる力もお前を受け入れない』
セシルは驚きに目を見開き、自分の手を見下ろした。あれほど自分を蝕んでいたはずの暗黒の力が今は感じられなくなっていた。
『打ち勝つのだ! ……暗黒騎士だった自分自身に!』
ふと、セシルは視界を掠めた光景に違和感を見つけ、視線を上げた。
鏡張りの部屋。そこに映る、自分の姿。鏡の向こうの自分が、こちらを見つめている。……暗黒騎士の、姿のまま。
かつんと高らかに靴音を鳴らしながら、鏡の向こうから自分が、いや暗黒騎士がセシルに向かってくる。
「セシルが二人!?」
「どーなってんだ!?」
テラとパロムの驚愕の声が、さして広くない部屋に響く。暗黒騎士が腰に佩いていた剣を抜いて、構えた。
「あんちゃん!!」
「危ない!!」
幼い二人の魔道士の声を聞きながら、セシルは手にしていた光の剣を構える。
「手を出すな! これは僕自身との戦いだ! 今までの過ちを償うためにも、こいつを……過去の僕自身を、倒す!」
暗黒騎士が地面を蹴りつつ、剣を振りかぶった。上段からの攻撃を受け、そのまま剣の方向を変え、受け流す。そうして攻撃に転じようとして、セシルの脳裏を疑問が掠めた。
これは、過去の自分。血塗られた自分。罪にまみれた自分だ。だが、倒してしまっていいのか。それで本当に自分に打ち勝ったことになるのか。……罪は贖われるのだろうか。
セシルが攻撃を仕掛けないのを見て取った暗黒騎士が、再び攻撃を繰り出した。セシルはただ、その攻撃を受け、流す。
暗黒騎士を倒しても、過去がなかったことになるわけではない。死んだ者は生き返らないし、クリスタルが戻るわけでもない。愚かだった自分の行為が正しくなるわけでもない。なら、倒すことに何の意味があるのだろう。
自分がすべきことは、過去の自分を倒すことではない。過去の自分を愚かな行為ごと受け入れ、前に進むこと。過去との決別とは、そういうことなのではないだろうか。決して忘れることではなく。
セシルの目が、変わる。それを認めた暗黒騎士は、僅かに見える口元に一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべると、後ろに飛びのいた。
『……正義よりも、正しいことよりも……大切なことがある……』
暗黒騎士が放つ声音は、穏やかでどこか優しい。
『いつか……分かる日が来る』
その声にはすでに戦意はない。セシルはゆっくりと剣をおろした。
『……よくやった。これから、私の意識を光に変え、お前に託そう。受け取るがよい。私の……最後の光を……』
最後。その言葉に焦燥感を覚え、セシルは顔を上げる。同時にセシルを白い光が包み込んだ。
『我が、息子よ……。ゴルベーザを……止めるのだ』
声がどんどんと遠ざかっていく。セシルは慌てて周りを見回した。気付けば、暗黒騎士の姿もない。
「ま、待って下さい!」
だが、声の返答はなかった。ただ、セシルの声が部屋に反響するのみだ。セシルはがくりと項垂れる。
「す……すげぇ。本当になっちまったぞ……パラディンに」
パロムの感嘆の声に、ポロムは声もなく頷いた。その横で、セシルの様子を黙って見守っていたテラは、いきなり目を見開き、宙を仰ぐ。
「おお……! 思い出した……思い出しぞ! 今まで忘れていた数々の魔法を……」
そして、テラの顔色が変わった。杖を持つ手が小さく震えている。
「メ……テオ? あの光が授けてくれたのか……? 失われし黒魔法・メテオを……!」
その言葉に、全員が同時にテラに視線を向けたが、感極まったテラはそのことに気付いていないようだ。
「……おい、ポロム」
パロムがポロムの肩をちょんちょんと突き、少女の耳元に口を寄せ、何事か囁く。それを聞いていたポロムは小さく息を呑んだ後、小さく頷いた。そして、二人は神妙な顔つきでセシルに歩み寄る。
「……セシルさん」
「実は、オイラ達……」
しかし、その言葉に続きは、この場で発せられることはなかった。
「何をしておる! 行くぞ! セシル!」
メテオを得たことで興奮し、空気を読む能力をどこかに置いて来てしまったらしい賢者が、あっさりと言い放つと、セシルの返事を待たずに出て行ってしまったのだ。
三人はぽかんとその背を見送りかけたが。
「……あー、もう! 待てよ! じっちゃん!」
口惜しそうにしつつも、パロムが慌ててその背を追う。ポロムも小さく息をつくと、セシルの手を取って引っ張った。
「参りましょ、セシルさん」
「そ、そうだね……」
頷きつつも、後ろを振り返る。その鏡に映るのは、聖騎士となった自分の姿だけだ。
けれど、確かにあの光は言った。セシルのことを――我が息子、と。