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    FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・7〜


     空は青々と澄み渡っていた。絶好の航海日和だ。
    「あんた! 気をつけて行くんだよ!」
     明るい声が空の下に響く。ヤンの奥さんが、港の桟橋まで見送りに来てくれたのだ。
    「ああ。留守は任せた」
    「任しときな!」
     そう言って明るく笑うシーラは、昨日の攻防戦でバロン兵五人をフライパンで倒したという猛者だ。
     それを聞いた時、セシルは色々な意味でバロンの行く末を心配した。
     他国に戦争を仕掛けまわり敵を作りまくっている現状も心配だが、軍事国家であるバロンの兵隊が、フライパンで倒されたのだ。しかも相手は奥さん。
     この世にフライパンで倒された軍隊がいくつあっただろうか。いや、ない。あったりしたらたまったものではない。だからこそ、思う。大丈夫か、バロン。
    「セシルさん。この人を頼むよ!」
    「こら、逆だろうっ。私の方が年上なのだぞっ!」
     この夫婦のやり取りはなんだか微笑ましい。セシルとギルバートは笑って頭を下げる。
    「リディアちゃん。またおいでね」
    「うんっ。ばいば〜いっ」
     リディアはシーラに手を振りながら、船に乗り込み、船が大きな汽笛をあげて出港する。
     シーラは桟橋に上に立って、ずっと手を振り続けてくれていた。

    「うぅぅぅぅみぃぃぃぃぃっ!」
     甲板に立って、リディアはぐうっと伸びをして叫ぶ。ホバーからも何度か海を見たが、今回見える景色はホバーの時とは視界の高さからいって全く違う。それが楽しくて、リディアは甲板を駆け回る。一方、ギルバートはというと。
    「げ、元気……だね。リディア……」
     早速船酔いしかけていた。いくらなんでも早すぎる。
    「だ、大丈夫か……? ギルバート殿」
     ヤンが困ったように眉をしかめる。ちなみに言うと、波は穏やかで、船はほとんど揺れていない。
    「だ、大丈夫……。さっき薬飲んだから……もう少しで、効く、はず……ううう」
    「ギ、ギルバート殿〜っ。お気を確かにっ」
     そんなやり取りを聞きながら、リディアは海を見つめる。きらきらとしてとても綺麗だ。
     そのまま、視線を手すりを掴んだ自分の手に向ける。セシルやギルバート、それにヤンは言うまでもなく、ローザよりも小さな自分の手。
     誰の手の中にもすっぽりと納まってしまう、小さな手。
     この手がもう少しだけ大きかったら。そう思うことがある。そうすれば、もっと多くのものを守れるのではないか。掴んで離さないでいられるのではないか。
     ……セシルが、違う目で自分を見てくれるのではないか。
     リディアは小さく苦笑を浮かべた。それは年相応とはいえない笑みだ。
     もしも、に意味なんてなくて。ありえないことだと分かっている。セシルとローザはリディアと出会う前から想い合っていたのだから。
     それにリディアは、ローザと一緒にいるセシルが一番好きなのだ。いつもどこか悲しいセシルの空気が、ふわりと和らぐのを知っているから。
     ローザのことだって、大好きだ。綺麗で、優しくて。お母さんで、お姉ちゃんで。そして、憧れの女の人。
     だから、気づいてしまったこの想いに蓋をする。この恋は誰にも内緒にして、がんばるから。
     だから、力が欲しい。守るための力が。
     そう願った瞬間。何か声が聞こえた気がして、リディアは首を傾げた。
     セシル達が自分を呼んだのかと振り返るが、彼らは固まって何事かを話し合っており、リディアを呼んだような気配はない。
     その時、ギルバートの顔色が悪いことに気づいて、リディアはギルバートに近づいた。
    「震えてるよ。……大丈夫?」
     ギルバートは青い顔のまま、リディアに笑ってみせる。
    「……うん。大丈夫」
     その時だ。
     ――リディア。幼き召喚士よ。
     確かに、声が聞こえた。そして船が大きく揺れた。

     立っていられないほどの大きな揺れに、セシルは思わず膝をついた。
    「な、何だっ!?」
     今まで穏やかだった海が、急激にこんなに荒れるとは考えられない。空だって、先ほどと変わらず穏やかだというのに。
     その答えを示したのは、一人の船員だった。
    「あ、あれはっ!?」
     血相を変えた彼が指差した方向を見て、セシルは衝撃に動きを止めた。
     穏やかな海面が、一部分だけ大きく渦巻いている。その渦の中心に、銀の鱗を持つ、優美な姿の竜がいた。それが、こちらを見ている。
    「本当に、いやがったのかっ」
     そう叫んだのは、この状況でも決して舵を手放そうとしないこの船の船長だ。
    「大海原の主……リヴァイアサン!」
     船がどんどんと渦に吸い寄せられていくのが、セシルにも分かる。
    「う、うわああああっ! もうお終いだぁぁぁっ!」
    「馬鹿野郎! 情けねぇこと言ってんじゃねぇ! おたおたしてる暇があんなら、船立て直す努力のひとつやふたつ、してみやがれっ!」
     パニックを起こした船員を、船長が叱り飛ばす。同時に、船が大きく傾いた。
    「きゃあああっ!」
     目方の軽いリディアはその衝撃に耐え切れず、足はあっさりと甲板を離れ、その小さな身体が海へと落ちる。
    「リディア!」
     それを見たヤンが反射的に甲板を強く蹴り、リディアを追って海に飛び込んだ。
    「リディア! ヤン!」
     二人を救出すべく動こうとしたセシルの視界の片隅で、ギルバートがバランスを崩したのが見え、セシルはそちらに駆け寄った。
    「ギルバート! 大丈夫か!?」
     セシルがギルバートを支えると、ギルバートは蒼白な顔色でごめんと小さく呟いた。
     気にするなと言うようにセシルは首を横に振り、海面を睨み付けた――瞬間。
     何かが折れる、鈍い音が響いた。
    「船が……!?」
     ギルバートの呟きを最後に。大海原に投げ出されたセシルは、意識を手放したのだった。

     潮騒の音は母親の胎内の音に似ているという。すべての命のはじまりの音。
     だからだろうか。穏やかな波音がこんなにも心地よく、落ち着くのは。
     薄く目を開けたセシルはぼんやりとした頭でそんなことを思い、覚醒する。
     今までの出来事を思い出し、重たい身体を起こした。
    「ここは……どこだ!?」
     軋む体を叱咤しながら何とか立ち上がり、周囲を見回す。
    「リディア! ギルバート! ヤン!」
     叫びながら周囲を見回すが、白い砂浜にセシルの声が響くばかりだった。誰の姿も、返答もない。
     あの、あどけなくも力強い笑顔も、疲れた心を癒す優しい音色も、背中を守る力強い姿も、何も見えない。
     セシルは重たいため息をついた。
    「……ひとり、か……」
     だが、立ち止まってはいられなかった。そんなことをすれば、またあの少女に叱られてしまう。
     前に進むと決めたのだから。
     とりあえず、人のいる場所に辿り着かなければならない。そして、何としてもバロンに行く手立てを。
     セシルはひとつ頷くと顔を上げ、白い砂浜を歩き出したのだった。

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