FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・6〜
宿に戻ると同時に、セシルは目を見開いた。ギルバートのリュートの音色に合わせて、歌声が聞こえる。
「ほう……。これは……」
「っ!?」
上げかけた悲鳴を全力で押さえ、いつの間にか横に立っていたヤンに恨みがましい視線を向けると、ヤンはすまぬと小さく呟いた。
「……リディア、ですな」
ヤンの言葉に、セシルは無言で頷いた。いつか、リディアとギルバートが一緒に演奏をしようと約束していたことを思い出す。その約束が今、果たされているのだろう。
幼くあどけない声は、驚くほど伸びやかで。リディアらしい歌声だ。それをギルバートのリュートが上手く引き立て、引き立てられることでリディアの歌がさらに冴え渡る。
他に観客がいないことがもったいないくらいの、美しい演奏だ。
リディアが歌い終え、リュートが余韻を残して終わる。ヤンは、大きく手を叩いた。続いて、セシルも。
宿の入り口に背を向けていたリディアとギルバートは、セシル達が戻って来た事に全く気付いていなかったらしい。同時に肩をびくりと震わせ、振り返った。
「セセセセシル! ヤン! びびびびっくりしたぁぁぁ……」
「わああっ! やだぁっ。二人とも、聞いてたのっ!?」
ギルバートが顔を青くしてどもり、リディアは頬を真っ赤に染める。
対照的な二人の顔色に、セシルとヤンは同時に吹き出した。それがお気に召さなかったらしい。リディアはぷっと頬を膨らませた。
「むぅ〜っ」
「あはは、ごめんごめん。でも、上手だったよ。リディア。びっくりした」
「うう……。は、恥ずかしい〜」
まだ頬の赤いリディアの頭を撫で、セシルはリディアを抱き上げた。
「まだ真っ赤。ちょっと熱い?」
「うー……うん」
「じゃあ、ちょっとだけ夜風に当たろうか」
まだ青い顔ではぁはぁと肩で息をしているギルバートはヤンに任せ、セシルはリディアを抱き上げたままバルコニーに出た。
リディアが目を細め、歓声を上げる。
「ふわあ〜っ。気持ちいい〜っ」
「落ち着いた?」
セシルが穏やかに尋ねれば、リディアはこくんと頷き、それから真剣な目でじっとセシルを見つめてくる。
「……リディア?」
「あのね、セシル。……あたし、ずっとセシルに謝らなきゃって思ってたの」
突然の言葉に、セシルは目を見開く。彼女がセシルに何をしたというのか。全く覚えがない。セシルは本当にもう、色々とやらかしているが。
「あのね……。あたし、よく覚えてないんだけど……。ミストで、幻獣を召喚した、よね?」
嘘をついても、彼女はきっと気付く。そう思い、セシルは口元を引き締め、頷いた。
その小さな身体には収めきれないほどの悲しみと憎しみを持て余した少女は、潜在的な力を爆発させた。
そうして、現れたのは。
「石の巨人が現れたよ。……幻獣だったんだね」
「石の……タイタンだ」
リディアは悲しそうに顔を歪ませる。
「……それで、ね。セシル、あの人と……カインと、離れ離れになっちゃったんでしょ? 全部……あたしのせいだったんだね……」
翡翠の瞳が、涙で歪んだ。
「……ごめん、なさい」
この旅の間、ずっと。この子はこんな罪の意識を抱えていたのだろうか。それを感じさせずに、明るく笑っていたのだろうか。
セシルは気付かなかった自分に嫌悪感を抱きながら、リディアを抱きしめた。リディアがセシルの首にすがりつく。
「ローザも、あたしのせいで、さらわれちゃった。あたし、ローザと見たの。飛空艇からカインが降りてくるの。ローザ、行きたそうだなって、思って。行こうって、あたしが、言って」
泣きながらの告白に、セシルは目を丸くする。それであんなにタイミングが良かったのかと納得した。
そして、ローザの正確を熟知しているセシルは、それこそリディアのせいではないと知っていた。
ローザならば、結局はあの場に駆けつけていただろう。何といっても、セシルを追いかけて砂漠を強行突破したお嬢様だ。
「ごめ、なさ……。ごめんなさい。あたし、力に、なれなくて……。もっと、ちゃんと、みんなの……セシルの力になりたいのに」
「……リディアのせいじゃないよ」
セシルは優しく、けれど強く語り掛ける。少しでも、心が伝わるように。
「リディアの、せいじゃない」
繰り返せば、リディアがひくりとしゃくりあげた。
「……でも」
「リディアがタイタンを召喚したのは、そもそも僕らが悪かったからだろう? だから、罰を受けた。カインが操られたのも。きっかけを作ったのは、僕らだ」
あやすようにぽんぽんと背を叩く。子供特有の高い体温が、無性に愛おしい。
「ローザのことも。彼女、結構行動力あるから。リディアが止めても、クリスタルルームに駆けつけてたと思う。……それに、リディアがあそこにいてケアルをかけてくれたから、僕らはこうして元気なんだよ?」
セシルなんて、意識が朦朧としていたくらいだから、後一歩遅ければ死んでいたかもしれない。
「リディアが頑張ってるって、ちゃんと知ってる。僕らは何度もリディアに助けられてる。……ちゃんと言わなきゃってずっと思ってたんだ」
リディアが不思議そうな顔でセシルを見上げる。涙で濡れたその瞳をまっすぐに見て、セシルは笑いかけた。
「ありがとう、リディア。……頼りにしてるよ」
その言葉に、リディアは幾度か瞬き、ようやく笑顔を浮かべた。
そして、幼い召喚士は暗黒騎士の腕の中で眠りにつく。
「……寝た?」
「うん」
ギルバートの小さな問いかけに、セシルも小声で答え、そっと部屋に戻り、リディアをベッドに横たえた。
「……このような、幼子が……」
呟くヤンのリディアを見る目は、少しだけ切ない。ヤンくらいの年齢ならば、これくらいの年頃の子供がいてもおかしくはないから、自分の子に接するような心境なのかもしれない。
ギルバートがそっと掛布をリディアにかける。彼のリディアを見る目もまた優しい。
ダムシアン城で叱咤されて以来、彼もまたリディアを妹のように思っているのだろう。それは、セシルもなのだが。
そこまで考えて、セシルは口元を押さえた。
「?」
「どうかなされたか?」
怪訝な顔をするギルバートとヤンに、セシルは曖昧な笑みを浮かべ、視線をそらす。
「……いや。みんな、リディアのこと妹とか娘みたいに思ってるよねって思ったら……。何でか十年後くらいのリディアが浮かんできて……セシル、あたしこの人のお嫁さんになる、とか言われたら泣くかもって……」
だんだんと声がフェードアウトしていく。
ギルバートとヤンが同時に吹き出した。
「あ、でも確かに。僕も泣くかも」
「むう、分からなくもないが……。セシル殿、それは……」
「うん。それはもう、娘を嫁に出す父親の心境だよ、セシル」
「えっ!? 僕的には妹でお願いしたいんですが!」
リディアに遠慮して小声ではあるが、ギルバートとヤンの言葉に、セシルは抗議を上げる。しかし。
「娘だよ」
「娘ですな」
二人に同時に言われて、セシルはその場に撃沈したのだった。