FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・5〜
「あのお兄ちゃん……。悲しい目をしてたよ」
その言葉に、セシルは顔を上げてリディアを見た。リディアもまっすぐにセシルを見つめている。
「あの人……クリスタルを持って出て行くとき、セシルに話しかけたでしょ? あの時、ちょっとだけあたしの方を見たの」
確かに、あの時。カインは一瞬動きを止めた。身体が全く動かなかったセシルにはその視線の先に何があるのか分からなかったけれど、彼はリディアを見ていたのだ。
カインは、リディアを見て何を思ったのだろうか、それをセシルに推し量る術はない。
だが、操られてもなお、カインの心を動かす存在だったのだろう。
「とても……悲しそうで、苦しそうだった……」
自らもその痛みを感じているかのように、リディアは目を伏せる。
「だから、セシル。……あの人も、助けよう? あたし、がんばるから」
カインもまたセシルと同様に、彼女にとっての親の仇で、故郷を滅ぼした憎むべき存在だ。それを、彼女が忘れるはずがない。忘れられるはずがない。
それでも、この少女は。
「……いいのかい? リディア」
無意識に告いで出た言葉に、リディアは一瞬だけ目を見開き、痛みを堪えるような顔をした。
「……うん。だって、セシルの友だち、でしょう?」
セシルとリディアのやり取りが理解できないヤンは怪訝な顔をし、何となくだが事情を理解したギルバートが、悲しそうに微笑む。
「ありがとう、リディア。……うん、助けよう。ローザも、カインも」
「それで……どうやってバロンに対抗するんだい?」
沈んだ空気を払拭するように、ギルバートが声を上げる。セシルは顎に手を当てて考え込んだ。
「うーん。バロンに抵抗するには、こちらも飛空艇がいる。けれど、飛空艇はバロンでしか造られていない」
「バロンに潜入し、奪うしかないということか。しかし……あの軍事国家にどうやって?」
「バロンの主力は赤き翼。だから、比較的海軍は手薄なんだ。……だから、海からならあるいは……」
「でも、飛空艇は? 上手くバロンに潜入できたとしても、飛空艇が手に入らなければ……」
ギルバートの言葉に、セシルは薄く微笑んだ。
脳裏に浮かぶ面影はセシルが第二の父と慕う、あの人だ。
「大丈夫。僕の知り合いに飛空艇技師がいる。彼ならば力になってくれるはずだ」
むしろ、自分から突っ込んで来そうだ。
「了解した。私は船の手配をしてこよう。明朝の出発でよろしいだろうか?」
全員が頷くのを確認してから、ヤンは立ち上がり、セシルを見た。
「セシル殿。陛下が貴殿に話があるとの事だ。打ち合わせが終わったらでよいからご足労願えないかと言付かっている。……すまぬが」
「陛下が? 分かった」
頷いて立ち上がり、リディアとギルバートを見た。
「じゃあ、行って来るよ。二人とも、先に休んでていいからね」
「分かったよ」
「いってらっしゃい、セシル。ヤン」
二人に見送られながら、セシルは宿屋を後にした。
「来たか、セシル殿」
そう言ってベッドの上で身を起こすファブール国王に、セシルは慌てた。
「陛下! 無理をなさっては……!」
「何、古傷が開いただけのこと。大事無い」
そう言うファブール国王の顔色が思っていたよりも良くて、セシルは安堵の息を漏らした。
「お話があるとの事で、参上いたしました」
「うむ。だが、その前に此度のことを謝らせてくれ。ローザ殿のこと、誠に申し訳ない」
そう言って、頭を下げるファブール王に、セシルは再び慌てることになる。
「そんな……滅相もございません! 僕らこそ、クリスタルも守れず……!」
「それこそ、そなた達の咎ではない。クリスタルを守る義務が、我らにはあったのだ。……ヤンには協力をするようにと伝えたが?」
「は、ご尽力感謝いたします。僕らは明朝、船でバロンに向かいます」
「そうか。船は我が国で手配させていただく。……すでにヤンが動いてることとは思うが」
そう言って薄く笑うファブール王には、ヤンへの信任が見て取れた。
「はい。……ですが、本当にいいのですか? 確かに、ヤンの存在は心強いですが……彼を連れて行ってしまえば、この国が」
セシルの言葉をファブール王は強い語調で止める。セシルは反射的に居住まいを正していた。
「セシル殿。我が国は受けた恩は決して忘れぬ。そなた達には二度もこの国を救っていただいた。そして、此度の同行はヤンが望んだことでもある。そなたが気に病む必要はない」
その言葉に、セシルは深く頭を下げた。ここまで言われてその厚意を無碍にすることは、ヤンとこの国の志に失礼だ。
「それで……そなたをここに呼んだ理由なのだが」
そう言って王はベッドの下に手を回した。何か留め金のようなものを外す音が室内に響く。そして王の手に握られている一振りの剣に、セシルは息を呑んだ。
禍々しい気配。それだけで、この剣の正体が分かる。
「……暗黒剣!」
「そうだ。昔、ファブールを訪れた暗黒騎士が持っていたものでな。銘をデスブリンガーという」
ファブール王はそれをセシルに差し出した。
「これを、そなたに」
「そんな!? こんなに凄い力を秘めたものを……僕が受け取るわけには!」
手に取っただけで分かる色濃い死の気配に、セシルは顔をしかめた。暗黒の力とはいえ、これだけの力を秘めているのだ。その価値が国宝級であろうことは想像に難くない。
「いいのだ。これから戦いは激化する。その剣の力が必要になる時もあるだろう。……しかし、セシル殿。覚えておかれよ」
デスブリンガーを手渡した王の瞳は痛いくらいに真剣で、深い色をしていた。
「そなたの力は、所詮暗黒の力。闇の力に過ぎぬ。闇の力では、真の悪には立ち向かうことは出来ぬということを」
「……。はい」
セシルは、その言葉を目を閉じて受けると、深く深く頭を下げた。
「この地より、そなた達の武運をお祈り申し上げる」
「ありがとうございます」
この国と王に。言い尽くせぬほどの深い深い感謝を込めて。