FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・4〜
黒い異様な甲冑に身を包んだ男が放つ威圧感に、セシルは無意識に息を呑んだ。
「貴様が……ゴルベーザ!」
掠れるような声で何とか呟くと、ゴルベーザがついと視線をセシルに向ける。
「お前がセシルか……。会えたばかりで残念だか、これが私の挨拶だ!」
言葉と同時に、セシルの身体に強い衝撃が走る。吹き飛ばされて床に転がってから、魔法攻撃を喰らったのだと気付いた。
「セシル!」
「させるか!」
再びセシルに攻撃を仕掛けようと手をかざすゴルベーザに、それを阻もうとギルバートとヤンが襲い掛かり――。
「虫けらに用はないっ!」
ゴルベーザが腕を一閃させただけで、ギルバートとヤンも弾き飛ばされた。
まるで何事もなかったかのようにクリスタルルームを一度だけ見回すと、ゴルベーザは視線をカインに向けた。カインの身体が、一瞬だけ震える。
「……何を遊んでいる、カイン。クリスタルを手に入れるのだ」
その言葉に、カインはあっさり傅いた。
「はっ!」
「っ!? やめて、カイン!」
ローザの制止の声に、クリスタルに伸ばされたカインの腕がぴたりと止まった。ゴルベーザの注意がローザに向かったのを感じて、セシルは呻く。
「だめだ……下がるんだ、ローザ……!」
セシルの言葉に、ゴルベーザが甲冑の下で笑みを浮かべた気配がした。
「ほお……、この女がそんなに大事か。ならば、この女は預かっておこう。お前とは、ぜひまた会いたい。その約束の証として」
そう言いつつ、ゴルベーザがローザに近付く。ローザは、ゴルベーザの放つ威圧感に呑まれたのか、微動だにしない。ゴルベーザのマントが、ローザを覆い隠した。
「行くぞ、カイン」
ゴルベーザの言葉に、カインは風のクリスタルを掴むと、ゴルベーザの後を追って歩き出した。その途中、セシルの前で足を止める。
「……命拾いしたな、セシル」
「カイ、ン……」
そして、顔を上げたて歩き出そうとしたカインの動きが、一瞬止まる。カインの視線の先に何があるのか。身動きの取れないセシルに知る術はない。
「ま、て……! ゴル、ベーザ……ローザ……!」
セシルはぐっと手を伸ばすが、その手が届くはずもない。ギルバートもヤンも身体を震わせるのみだ。
その静寂の中、小さな足音が響いた。
リディアだ、と朦朧とし始めた意識の中で思う。
幼いが凛とした詠唱が、クリスタルルームに響く。そして。
「……ケアル!」
リディアの放った光は、優しく温かい。激痛が嘘のように引いていく。
「……ありがとう。リディア」
セシルの言葉に、リディアが肩で息をしつつ笑う。彼女の疲労の具合に一瞬眉をしかめたセシルだったが、リディアが救護の任に就いていたことを思い出し、すでに魔力が尽きかけているのだと気付く。
「だい、じょうぶ。ちょっと疲れただけ……」
リディアの言葉にセシルは心配そうな顔をしつつも頷き、顔を上げた。
「ギルバート、ヤン! 大丈夫か!?」
ギルバートとヤンは苦い表情を浮かべつつ、頷く。
「僕は、大丈夫。けど……ローザが攫われてしまった……」
「クリスタルも守れなかった」
その言葉に、セシルの気も重くなった。
クリスタルもローザも守れずに何をしているんだろうと自己嫌悪に襲われる。
その様子を見上げていたリディアは、きゅっと眉を寄せ頬を膨らますとたんっと足を踏み鳴らした。
静かなクリスタルルームにその音はよく響き、セシル達はびくりと顔を上げる。
「何でみんなそんな落ち込んでるの? 出来ることはまだいっぱいあるんだよ? クリスタルもローザも取り戻せばいいじゃない!」
リディアのその言葉に、大の大人三人は目を見開き、腰に手を当ててしっかりと立っている少女を見つめた。少女の翡翠の瞳はまだ希望を失っていない。そして未来をまっすぐに見据えていた。
三人に穴が開くのではないかというほど見つめられたリディアは、さすがに困ったような顔になる。
「えっと……あたし、何か間違った事言ったかなぁ?」
おろおろするリディアの様子にセシルは思わず吹き出し――笑えた事に驚いた。
まったく、この少女には適わない。
その心境はギルバートやヤンも同じなのだろう。柔らかい眼差しでリディアを見つめている。そして、何故みんなが微笑んでいるのか分からないリディアは、不思議そうに首を傾げた。
「……リディアの言うとおりだ。こんなところで落ち込んでても、何も変わらない」
セシルの言葉に、全員が力強く頷く。
「まずは、陛下に報告をせねばならぬな。貴殿達は宿屋へ。私も後から向かおう」
「ああ。分かった」
セシルは頷いて、クリスタルを失ったクリスタルルームを一度だけ振り返った。
後悔は、残る。
それでも進まなければならないのだ。前へ。
宿屋で、女将が淹れてくれたお茶を飲みながら、セシル達ヤンの戻りを待っていた。
「このお茶あま〜い」
「本当だ。お砂糖、入れてないのにね」
ギルバートも茶器を口に運び、頷く。それに誘われて、セシルも口をつけてみた。
確かに、ほんのりと甘味が口の中に広がる。
「おいしー」
お茶に息を吹きかけつつ、楽しそうに飲むリディアに、セシルは穏やかな視線を向けた。
この少女の明るさは、この旅の救いだと何度も思ってきたが、今回ほどそれを痛感したことはない。
リディアの凄いところは、現実をきちんと理解したうえで、希望を失わないところだ。
「あ、ヤン!」
ふと顔を上げたリディアは、駆け寄ってくるヤンを見つけ、ぶんぶんと手を振った。
「お待たせして申し訳ない。実は……陛下が負傷なされてな……」
「な、何だって!?」
「それで……陛下のご容態は?」
セシルとギルバートの表情yが、緊迫感を帯びる。だが、ヤンはそれを否定するように、首を横に振った。
「何、大事無い。今は自室で休まれているが……命に別状はないとのことだ」
「そうか……」
「よかった……」
セシルとギルバートは心の底から安堵する。ダムシアンに引き続き、この国のトップまでも失ってしまったのかと、一瞬肝が冷えた。
「その陛下からご伝言が。……ローザ殿奪還のために、わが国も尽力を惜しまぬ、とのことだ。何でも言ってくれて構わぬぞ、セシル殿」
「すまない、ヤン」
詫びるセシルに、しかしヤンは首を横に振る。
「いや……ローザ殿は、我が国の為に攫われてしまった。力をお貸しするのは、当然のこと。及ばずながら、私もご同行致す」
「及ばず、だなんて。……とても心強いよ、ヤン!」
セシルの言葉に、ヤンは小さく笑みを浮かべたが、やがて居住まいを正した。
「セシル殿。……あの竜騎士は?」
その問いに、今まで笑みを浮かべていたセシルの表情が曇った。
「カイン。僕の親友だ。……一緒にバロンを出ようと誓ったはずなのに……」
「少し、様子がおかしかったね。……もしかしたら、彼はゴルベーザに……!」
ギルバートの言葉に、リディアがカップをテーブルに置いて、顔を上げた。その瞳に微かな痛みを含ませながら、リディアはゆっくりと口を開いた。