FINAL FANTASY W 〜明日への勇気・4〜
あの小さな体に、どれだけの力を秘めているのだろう――……。
リディアを見るたびに、セシルは思う。
潜在的な力だけではなく、大人でさえも目を見張るほどの心の強さと、あれだけの悲劇を目の当たりにしながら失われなかった純粋さと。
恐らく、リディアはセシルよりも強い。
「……凄いね、リディアは……」
セシルの隣を歩くギルバートがぽつりと言った。ギルバートは、ローザと手を繋いで歩くリディアを優しい瞳で見つめている。
その眼差しに微かな羨望の色を見て取ったのは、セシルの気のせいではないだろう。
セシルは、自分もギルバートと同じような表情をしているのだろうと思って、苦笑する。
「強くて……優しい。あんなに小さいのに」
「……そうだね」
そんなリディアにセシルもギルバートも救われている。
時々、彼女の強さや優しさが辛い時もあるけれど、それは自業自得なのだろう。
「セシル」
珍しく強い口調で呼びかけるギルバートに、セシルは微かに目を剥いた。ギルバートの青い瞳が、セシルを強く射抜いた。
「さっきの……ミストのことだけれど。……バロンの兵に襲われたって聞いている。……君は」
そこまでの情報を得ているのは、彼が王族だからだろう。
セシルは小さく頷く。
「僕は……あの子の母親の……仇だ」
あまりにも悲惨な真実に、ギルバートは息を呑み、それから肩を落とした。
「……そう、か……」
「……責めないのかい?」
それから何も言葉を発しないギルバートに、セシルが尋ねると、ギルバートは小さく苦笑いを浮かべた。
「……君は、責められたがっているんだろう?」
その言葉に、セシルは息を呑む。
その通りだった。赦されないほどの罪を犯したのに、リディアはそれを受け入れ、乗り越えてセシルに笑いかけてくれる。そんなリディアを愛おしく思うと同時に、赦されないほうが楽なのではないかと思ってしまう。
赦されない罪だと分かっているから、赦されることが辛いのだ。
「僕が君を責めることをリディアが望んでるとも思えないし。……それに、大切な人をこの手で守れなかった僕に、君を責める資格なんてないよ」
「……ギルバート」
ギルバートは一瞬だけ苦い笑みを浮かべたものの、視線を前に戻すと穏やかな瞳に戻った。
前を歩くリディアが、嬉しそうに表情を綻ばせている。
「……リディアには、幸せになってほしい。笑顔でいられる世界になってほしい。……そう思うよ」
「うん。……そうだね」
セシルも穏やかな眼差しでリディアたちを見つめ、頷いた。
ローザへの想いとは異なるものの、リディアはセシルにとって間違いなく特別な女の子だ。ギルバートにとってもそうなのだろう。
どんな苦境でも笑顔を忘れない少女が、愛されないわけがない。
「……セシル! ギルバート! はやくはやくっ! 置いて行っちゃうよ〜」
振り返ったリディアが手を振って二人を呼ぶ。
セシルとギルバートは顔を見合わせて笑みを交わすと、同時に駆け出した。
「ローザの手、大きい」
リディアの小さな手に比べれば、いくら弓を使うために鍛えているとはいえ女性であるローザの手も確かに大きい。
ローザは自分の手の中にすっぽりと納まる幼い体温に、優しい気持ちを覚えながらふわりと微笑んだ。背後の男性陣がなにやら深刻な話をしているのを、リディアに悟らせないよう努めながら。
「ふふ、そうかしら」
「うん。お母さんみたい」
邪気のないリディアの言葉に、ローザは複雑な感情を抱いた。
そこまで心を開いてもらえたのかと嬉しい反面、まだ十九歳の乙女が母親みたいと言われるなんて老けているってことかしら、とついつい考えてしまう。
「あのね、お母さんの手も大きくてあったかだったの。ローザも同じね。……お母さんみたい」
前言撤回。ショックは帳消しだ。
呟いた後、ローザの手に擦り寄ってくるリディアを愛おしく思う反面、痛ましく思う。
だが、リディアは不幸を嘆くだけの少女ではない。きちんと前を見て未来に進む力を持つ少女だ。
彼女を不幸だと哀れむのは簡単だけど、それではリディアに対して失礼だろう。リディアはきっとただ哀れまれることを望みはしないと思う。
「……セシルに見習ってほしいくらいだわ」
思考が後ろ向きになりがちな想い人を思って、ローザは嘆息した。それも、彼が真面目すぎるほどに真面目だからだと分かっているし、そんなところも好きではあるのだが。
「ローザ? 何か言った?」
リディアが首を傾げる。ローザはにこりと笑って、リディアと視線を合わせた。
「お母さんは無理だけれど、リディアのお姉さんにならなれるかなぁって」
その言葉に、リディアの表情がぱっと輝く。
「ほんとっ!? ローザ、あたしのお姉ちゃんになてくれるの!?」
「ええ。リディアさえよければ」
「うわぁ、やったぁっ!」
リディアの顔が喜色に輝き、ぱっと後ろを振り返る。セシルやギルバートに喜びを伝えようと思ったのだろう。だが、彼らがかなりの後ろを歩いていることに気づき、唇を尖らせた。
「むぅ〜。おそい〜」
「じゃあ、呼んであげましょうか。置いてくよ〜って」
ローザの言葉にリディアは大きく頷き、手を振りつつ叫んだ。
「……セシル! ギルバート! はやくはやくっ! 置いて行っちゃうよ〜」
セシルとギルバートが穏やかな笑みを交わし、ローザとリディアの元に駆けてくる。
その光景に、ローザもまた穏やかな笑みを浮かべたのだった。