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    FINAL FANTASY W 〜明日への勇気・3〜


    「宗教国家・ファブールに行くには、ダムシアンの東の浅瀬を越えて、ボブスの山を越えなければいけないんだ。……けれど、ボブスの山の入り口は、この時期厚い氷に覆われている……」
     吟遊詩人として旅をしていた経験のあるギルバートは、地理に詳しい。ホバーを操縦しながら言うギルバートに、セシルは感心し通しだ。
    「……そうなのか。でも、それじゃ、どうやって……」
     セシルの疑問に、風になびく金髪を片手で抑えたローザがにっこりと微笑む。
    「私に考えがあるの。……行きましょう」
     例によってギルバートは巧みな操船技術を見せ、ホバーをボブスの山の入り口につける。
    「……近くで見ると大きいねぇ」
     リディアが目を丸くして、眼前にそびえ立つ山を見上げた。麓までくると、最早頂を見ることは適わない。
    「こっちだよ」
     ギルバートの先導に従って入山した一同は、唯一頂上まで続く道が予想以上に分厚い氷に覆われているのを見て、目を丸くした。
     話には聞いていたが、まさかこれほどのものとは。
    「……これは……乗り越えるのも難しそうだね……」
     自分の身長よりも高い氷の壁を見上げ、セシルは困ったように呟いた。
     頑張ればセシルは越えられるかもしれないが、他の三人はどう考えても無理だ。
     ローザは氷を見つめると、くるりと振り返って、ぽかんと氷の壁を見つめるリディアを見た。
    「リディア。ファイアは使える?」
     ローザの突然の問いに、リディアの表情が凍りつく。リディアの反応を訝しみながらも、もう一度名前を呼ぶと、リディアはゆるゆると首を横に振った。
    「……ううん。使えない……」
    「召喚士であるあなたが、黒魔法の初歩であるファイアを使えないはずはないのだけど……」
     ローザは小さく首を傾げてから、リディアを見る。
    「リディア、ファイアを唱えてみて」
     そう言ってから、リディアの様子がおかしいことに気づいた。小さな肩が小刻みに震えている。寒いのだろうかと思ったが、次いでリディアの口から出た言葉に、その考えは誤りだと知った。
    「……ほのおは……いや……」
    「え?」
    「ほのおはいやっ!!」

     目の前には氷の壁。この壁を何とかしなければ、前には進めなくって。
     氷は炎で溶ける。黒魔法を教わったときにそう習ったから、そのことは知っている。……だけど。
     リディアは唇を噛み締めて俯く。小さな手が白くなるくらい、力一杯腰布を握り締めた。そうしないと、泣いてしまいそうだ。
    「……そうか」
     搾り出すようなセシルの声に、兜の下の彼の顔が苦悩にゆがんだ気配を、リディアは感じる。
    「ミストは……ボムの指輪の炎で……」
     その言葉に、ギルバートが息を呑み、ローザが口元を手で押さえた。
     みんなの顔を見ることが出来なくて、リディアは俯いたままだ。
     炎は嫌だ。リディアの大事なものは、全部炎に呑まれてしまったから。
     本当は、野宿の時に焚く火ですら怖いのだ。だから、野宿の時は火に背を向けて、眠りにつく。そうしないと怖くて、悲しくて。セシルを苦しめてしまうと分かっているから。
     力をこめすぎて色を失った手を、ローザが柔らかく包み込んだ。地面に膝をつき、リディアと視線を合わせる。
     リディアが思わず顔を上げると、労わるような優しい顔がそこにあった。
     一瞬、錯覚した。お母さんが戻ってきたのかと。
    「……ロー、ザ?」
     確かめるように呼ぶと、ローザはふわりと微笑んだ。
    「いーい? リディア。私たちはこの山を越えて、ファブールに行かなければならないの。そして、私達の中でこの氷を溶かす力を持っているのは、あなただけなの」
     ローザの声は穏やかで優しい。その声音が、リディアに優しい記憶を思い出させる。
     お母さんも、こんな風に話してくれた。悲しい時、嬉しい時、怖い時。手を取って、視線を合わせて。それからぎゅっと抱きしめて、優しく髪を梳いてくれた。
    「私達が行かなければ、この先、もっと恐ろしいことが起こるわ。私達でそれを止めなければいけないの。……お願い、勇気を出して」
    「勇気……」
     ギルバートが、ぽつりと呟く。
    「そうだよ、リディア。君は、ダムシアンで弱虫だった僕を叱ってくれたじゃないか。……だから、頑張ろう」
     ギルバートがそっと肩に触れる。
     リディアはぎゅうっと目を閉じた。
     脳裏に浮かぶのは、焼きついて離れないあの日の光景だ。
     赤い、赤い炎がリディアの世界を呑みこんでいく。
     どんどんと温かさを失っていく、手。それでも、お母さんは。微かに、笑って。
     ――リディア、強く生きて。あなたの心のままに。
     リディアは目を見開いた。目じりに浮かんだ涙もそのままに、分厚い氷の壁を強く見つめる。
     視界にあるはずのローザの労わるような表情も、心配そうなギルバートの顔も、そして後悔に俯くセシルの姿も、何も見えなかった。
     ただただ、強く。氷の壁を見つめる。
     恐怖が消えた訳じゃない。悲しみが消えた訳じゃない。心の痛みを忘れた訳でもない。
     でも、お母さんの最期の願いのために。強く生きるために。
     これ以上、誰も泣かないように。みんなが、セシルが笑っていられるように。
     そのための力を。前に進む力を。
     強く、強く。強く――願って。
    「赤き火花よ! 我が前の氷の壁を焼き尽くせ! ファイア!!」
     全身全霊をこめた魔力が、リディアの体から迸る。強い、けれどどこか暖かい炎がまっすぐに氷の壁に向かい、爆ぜた。
     それを見守っていたローザが、顔を輝かせる。彼らの視線の先に、氷の壁は最早存在しなかった。
    「やったわ!」
    「すごいよ、リディア!」
     破顔したギルバートが、リディアを抱き上げる。手放しに褒められたリディアは、頬を紅潮させて笑った。
    「えへへ……」
    「ありがとう、リディア」
     ローザも優しい笑みを浮かべて、リディアの頭を撫でた。そして、セシルは。
    「……リディア」
     一歩引いたな所で、複雑そうにリディアを見つめていた。
     リディアは、ギルバートに抱えられたまま、ボブスの山を見つめる。
     その瞳に、強い決意を秘めて。
     ――……お母さん、あたし召喚士になる。お母さんみたいに、みんなを守れる、召喚士に。 

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