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    FINAL FANTASY W 〜明日への勇気・2〜


     夜空に二つの月が輝く。ギルバートはそっと民家を抜け出すと、湖の畔に立ちそっとリュートを爪弾いた。
     柔らかな旋律が夜の闇に融ける。アンナが好きだった曲だ。
     彼女と出会ったのも、こんな月夜の晩だった。この場所でリュートを奏でていたら、いつの間にか彼女が隣にいて、音色に聴き入っていた。
     ――……あ、ごめんなさい。あまりに綺麗な音色だったから、つい。邪魔をしてしまったかしら?
     そんなことないと首を振れば、彼女は嬉しそうに笑った。その笑顔が何よりも綺麗で。
     ――良かった! ねえ、旅の方よね? まだ、このカイポにいる? また聴かせてくれる?
     無邪気に尋ねる彼女が、愛しくて。気付けば恋に落ちていた。
     その笑顔も、言葉も。既にこの世にない。この音色を聴かせてあげることも出来ない。カイポの空気は同じなのに、ギルバートの周囲は全て変わってしまった。
    「……やはり……寂しいよ、アンナ……」
     自分も、セシルのように強ければよかった。そうすれば、彼女を失わずにすんだかもしれない。
     心優しいギルバートは争うことが苦手だった。元々臆病な気質の上、つい相手の立場に立って考えてしまい、手を出すことが出来ない。
     だからだろうか。ギルバートはアンナに愛しているとは伝えても守ると言ったことはなかった。それでも、アンナのことは何者からも守りたかったはずなのに。
     ぱしゃりとした水音に、ギルバートははっと我に返り顔を上げた。
     その表情が凍りつく、視線の先、湖の湖岸近くに、半魚の魔物・サハギンの姿があった。
    「う、うわぁぁぁっ!」
     悲鳴を上げ逃げようとしたギルバートだったが、軽くパニックを起こしたせいか体が上手く動かない。焦ったギルバートの手に、マントの下の竪琴が触れた。
    「そ、そうだっ」
     リュートを地面に置き、竪琴を手に取る。震える指で弦に触れれば、不思議と心が鎮まった。奏でるのは、優しい子守唄だ。だが、この曲の効果もいつまでも続くものではない。
    「ど……どうしたら……」
     その時だ。
    『ギルバート!』
     聞き間違えるはずのない、愛しい人の声が自分の名を呼ぶのを聞いた。
    「ア、アンナ!?」
    『戦うのよ、ギルバート!』
     ギルバートの視線の先、空中に淡い燐光をまとって浮かぶ、アンナの姿があった。アンナはじっとギルバートを見つめている。
    「で、でもっ……アンナ!」
    『大丈夫。あなたは、あなたが思っているほど弱くわないわ。自分を信じて』
     アンナの言葉に、ギルバートはこくりと息を呑む。子守唄を余韻を持たせて終わらせると、懐から護身用の短剣を取り出し、鞘を投げ捨て構えた。
    「う、ん。……やってみるよ、アンナ」
     脳裏に浮かぶのは、緑の髪の愛らしい召喚士と心優しい暗黒騎士。ここでギルバートが死んだら、彼自身はきっと楽になるだろう。だが、あの二人が悲しむ。
     全てを投げ出して悲しみの原因になることは、今のギルバートには出来なかった。
     それに、アンナが守ってくれたこの命を、こんな魔物にくれてやるつもりもない。
    「うわああああああっ!!」
     ギルバートは全力で走ると、未だ動きの鈍いサハギンの心臓に、短剣を突きたてた。
    「ギャアアアア!!」
     サハギンの体が力を失い、湖に沈んでいく。
    「や……やった……」
    『すごいわ! ギルバート!!』
     喜びに満ち溢れたアンナの声に顔を上げたギルバートは、大きく目を見開いた。目の前にはっきりと浮かんでいたはずの彼女の姿が、半分透けている。ギルバートの視線に気付いたアンナは、寂しそうに微笑んだ。
    『ギルバート……。私はもう、行かなければならないの……大きな魂とひとつになるために』
    「逝っちゃいやだ! アンナ!!」
     懇願するように叫び、手を伸ばす。だがギルバートの指先は宙を掻くだけで、触れることすら叶わない。息を呑むギルバートの手に、アンナはそっと己の手を重ねた。触れられなくとも、せめて心が伝わるように。
    『ギルバート……勇気を出して……。ゴルベーザにクリスタルを渡してはならない』
    「……うん、分かってる。もう誰にもこんな思いをさせてはいけないんだ」
     返ると思わなかった力強い答えに、アンナは数度瞬いてから、笑った。
     それは、ギルバートが世界一美しいと思う微笑だ。
    『そう、そうよ……。ギルバート、あなたは私を愛してくれた……。今度は、その愛を……全てのひとたちに……』
     笑顔を残して、アンナの姿がふっと消える。ギルバートはふっと上向いた。その頬を、一筋だけ涙が伝う。
    「……やってみるよ、アンナ。……でも、勇気といっても……僕は、どうすれば……」

     宿屋の影で、ギルバートが魔物を撃退したのを見届けたリディアは、安堵にほうっと息を吐いた。緊張していたらしい身体から、力が抜ける。
     助けに行こうと思ったけれど、何故かそうしてはならない気がして、動けなかった。
     今もそうだ。ギルバートに何て声をかければいいのか分からなくて。宿屋の影で膝を抱えて座り込んでいる。
     それを見かけたのは偶然だった。
     セシルとローザが一緒にいるところを見ると、自分の胸の中になんだかよく分からない感情が広がって、同じ場所にいることが苦しくて。咽が渇いたことを口実に民家の外の水瓶に水を飲みに来たところで、悲しい音色を聴いてしまった。
    「アンナさんのこと……大好きだったのね……」
     大好きな人がいなくなれば、辛い。リディアもその気持ちは知っている。リディアの大好きな人も、すでに大きな魂とひとつになってしまっているだろう。でも。
    「あたしがお母さんを好きなのと……ギルバートがアンナさんを好きなのは……おんなじ?」
     違う気がする。何となくだけれど。
    「ギルバートがアンナさんを好きなのと……セシルが、ローザを好きなのは……おんなじ」
     そう思うと、苦しい。胸がちくちく痛い。
     ――君を、守らせてくれないか?
     ――君は僕が守るよ。
     同じ場所で、同じ人に言われた、リディアにとってははじまりの言葉。だが、そこに込められた思いが違うことに、リディアは気付いている。
     それを思うと、胸が痛い。けれど、リディアには胸の痛い理由が分からない。
    「……あたし、変なの……。どうしちゃったんだろう……?」
     小さな胸の奥に生まれた、複雑な感情の名を、リディアはまだ知らない。

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