バロン城、玉座の間。純白のドレスをまとったローザがゆっくりとセシルの元へと歩いていく。
玉座の前にある段差の前でローザを待っていたセシルは、しなやかな動作で左手をローザへと差し出した。
その手に、ローザの右手が重なる。二人は並んで段差を上がると、くるりと同時に振り返った。
その光景を、何だか泣きそうな、それでも満面の笑みを浮かべて見ていたシドは、セシル達の前で臣下の礼を取った。
「……おめでとうございます。セシル陛下、ローザ妃殿下」
感極まったのか、シドの声は震えてていた。セシルは柔らかく微笑んで、頷く。
「……これからも、この国を、私を、妻を支えてほしい」
「よろしく頼みますね、シド」
セシルとローザの国を治める者としての言葉に、シドは深々と礼をすると、セシルから見て右側に控えた。
続いて、来賓達の謁見の儀の始まりだ。
玉座の間の入り口に立つ衛兵が、声を張る。
「エブラーナ王国、エドワード・ジェルラダイン様。入室です」
その声と共に入ってきたのは、独特な衣装に身を包んだエッジだ。エブラーナ国の正装だろう。機敏な動作でセシルの前まで歩いてくると、さっと礼を取る。
「今日の良き日を迎えられたこと、エブラーナを代表してお祝い申し上げる」
礼を述べつつこうして見るとエッジもちゃんと王子様なんだなぁ、とセシルが若干失礼なことを考えていると、エッジが顔を上げてにっと笑った。
「……なかなか様になってるじゃねーか、セシル。ローザも一段と美人だぜっ」
一応周りに配慮してなのか小声の言葉に、セシルは思わず苦笑を浮かべた。やはりエッジはエッジだ。
その様子を見ていたシドがつかつかと歩み寄ってくる。
「エブラーナの若君、こちらでお控えください」
そう言って半ば引きずるように、エッジを自分と反対のセシルから見て左側に控えさせた。
畏まってはいるもののいつもとそう変わらないやり取りに、セシルは吹きだしそうになるのを懸命に堪える。
そして、次に衛兵に呼ばれて入室してきたのは、ドワーフの王ジオットとその娘のルカだ。
「ジオット王。本日は遠いところをお越しいただき、ありがとうございます」
「いや、わしらこそ、素晴らし日にお招きいただいたことをお礼を申し上げねば」
「セシルさん、ローザさん! おめでとう! ローザさん、とてもすてき……!!」
顔をきらきらさせてローザを見上げるルカに、ローザは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、ルカ。今日は楽しんでいってね」
「うん!」
そしてジオットは一礼をし下がると、エッジに隣に失礼しますぞと声をかけて控えようとして、ルカが今度はセシルに夢中で話しかけているのに気が付いた。
久々の地上でありはじめて結婚式に出席するということで、少し周りが見えなくなっているらしいルカは、ジオットに手を引かれてジオットの隣に控える。
次に入室してきたのはヤンだ。
「セシル殿、ローザ殿……! 本日は誠におめでとうございます……!」
そこで感極まったのか、ヤンはぐっと唇を噛みしめている。この日を迎えるまでのあの旅を思い返しているのかもしれない。
「ありがとう、ヤン。……ここまで来れたのは君のおかげだ……。これからも、よろしく頼む……」
何だか込みあげてくる感情があって、セシルの言葉も切れ切れになってしまった。ヤンは静かにこくりと頷くと、後ろに下がり来客たちに一礼をしてシドの横に控えた。
「あんちゃーん!」
そんな雰囲気をぶち壊して入ってきたのは、パロムだ。次に入ってきたポロムが小声でパロムを諌めるがもちろんパロムは聞いていない。
「おめでとー! 本当に王様なんだなー、かっくいいじゃん! あ、王様の椅子座っていい?」
好き放題言いつつ本当に玉座に座ったパロムを怒りの形相でついて来たポロムがぽかりと殴る。
「いい加減になさい! 失礼でしょう!」
変わらない双子に場の空気が和やかになったところで、ミシディアの長老が入室する。
「……パロムが失礼致しました」
「……いえ」
長老はこめかみがひくひくしているし、セシルは吹きだすのを抑えるのに必死だ。
長老が挨拶を終え、ヤンの横に控える。その横にパロムとポロムが並ぶ……かと思いきや、パロムはルカに声をかけ始めた。ポロムが呆れた顔をしてパロムを長老の横まで引っ張っていく。
次に入室して来たのは、ギルバートだ。あの旅が終わったころよりも格段にいい顔色に、セシルは内心ほっとしていた。
「今日はお招きいただき、本当にありがとう。この場にいられることを、僕は誇りに思うよ」
そう言ってギルバートは目元を和ませ、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、ギルバート。……この日を迎えられたのも、君の力あってこそだ」
王位に就くことを悩んでいたセシルの背を押してくれたのは、ギルバートだ。
「……僕は君の話を聞いただけだよ。この道を選んだのは、セシル、君の強さだ」
「……ありがとう」
そして、ギルバートはルカの横に控える。
ふと、エッジが妙にそわそわしていることに気付いた。
エッジをよく知らない者には分からないだろう、微かな感情の波。いつもふざけてばかりの彼がどれほどあの少女を真剣に想っていたか、セシルは知っている。
「――……リディア様のご入室です」
セシルの口元に穏やかな笑みが刻まれたのと、その声は同時だった。エッジの肩が僅かにぴくりと動いたのを、セシルは見逃さない。
そして、翡翠の瞳を持った少女が入ってくる。
「遅くなってごめんなさい! セシル! ローザ! 今日は本当におめでとう!!」
リディアは満面の笑みを浮かべて、セシルとローザの元に小走りで駆け寄ってくる。
「遅くなんてないよ、リディア。幻界から来てくれてありがとう」
「久しぶりね、リディア。元気だった? また一段と綺麗になったのね」
ローザの言葉に、リディアは目を見開いて首を横に振る。
「そ、そんなことないよ! ローザの方がとっても綺麗! 素敵な花嫁さんね」
そう言って飾らない笑顔を浮かべるリディアは、確かにローザの言葉通り別れた時よりも美しさに磨きをかけているような気がした。
しばし談笑し、リディアも横に控えるべく、後ろに下がる。
ふと、リディアの視線がエッジに向けられた。まっすぐなその眼差しに、エッジは思わず視線を逸らす。
「……エッジ? あとで、お話ししよう? エッジにもすごく会いたかったの」
「……ああ」
そんな小さな会話は、セシル達の所までは届かない。
リディアがギルバートの横に並ぶ。
招待を受けてくれた人たちは全員集まった。――……ふと、この場にいない親友を思う。
すぐでなくてもいい。いつか、再び彼とお互いに背中を預けられるようになりたいと思う。だから、その為に。自分もこの場所で国と自身を高めるべく、力を尽くさなければ。
そう心の中で誓い、隣でいつもセシルを支えてくれるローザの手を取って。
セシルがバロン国王になったことを宣誓すると、玉座の間は若き王と王妃への祝福とバロンの繁栄を願う声に包まれたのだった。