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    FINAL FANTASY W 〜祈りと絆・6〜

     バハムートの姿が掻き消える。その攻撃を受けてもなお、ゼロムスは倒れずにいた。
    「……かろうじて、だな」
     カインが小さく呟く。その言葉通り、ゼロムスはバハムートの攻撃には耐えたものの、見るからに瀕死の状態だ。
     カインが槍をおろし、エッジが忍刀を鞘に納める。そして同時にセシルに視線を向けた。
     ――……お前が、決めろ。
     彼らの視線が、そう言っている。セシルは小さく頷くと、剣を握り直してゆっくりとゼロムスに近づく。
     ゼロムスがセシルに視線を向けた。抵抗を示すかのように身体を小刻みに震わせるが、それだけだ。最早、動くことすら難しいらしい。
     そんな状態になってもまだ、ゼロムスの目は憎悪に曇っている。
    「……こんな風になっても、まだ……!」
     リディアの驚愕したような声が背後から響く。ローザもそれに同意するかのように呟いた。
    「恐ろしい執念だわ……!」
     だからこそ、今ここで終わらせなければ。
     自分の剣の間合いに入ったセシルは、足を止めた。ぐっと高く、剣を構える。
    「……これで、終わりだっ!」
     裂ぱくの気合とともに剣を振り下ろす。渾身の一撃が、ゼロムスの身体を深く切り裂いた。
     ゼロムスが悲鳴を上げ、その身体がぼろぼろと崩れ始める。
    「……我は、滅びぬ……! 生あるものに……邪悪な、心が……ある限り……!」
     全てを呪うような声でそう言って。ゼロムスの身体は完全に崩れ落ちた。
     完全に憎悪の気配が消え去ったのを確認して、セシルは大きく息をつき、剣を収める。その瞬間、ようやく仲間達から張り詰めた気配が消えた。
     振り返ったセシルに、フースーヤが穏やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
    「見事じゃった。そなたらが、あれほどの力を秘めているとは……! 青き星の民は、もう我ら月の民を越えたのかもしれんな」
     その言葉に、エッジが頭の後ろで手を組んで、いやーと笑う。
    「その通りかもなっ!」
     カインがちらりとエッジを見て、呆れたように息を吐く。それからゼロムスがいた場所を振り返り、ぽつりと呟く。
    「……しかし……ゼロムスの最後の言葉……」
     ローザが表情を曇らせる。
    「……邪悪な心が、ある限り……」
     不安を覚える言葉だ。ゼロムスを倒したというのに、手放しで喜ぶことが出来ない。
     そんなセシル達を不安を取り除くかのように、フースーヤが柔らかく首を横に振った。
    「邪悪な心は消えはしない。生あるものは誰しも、正しき心と邪悪な心を持っているものだ。クリスタルに光と闇が……そして、そなたらの星に地上と地底があるように。だからこそ、邪悪な心がある限り、正しき心もまた、あり続ける。……邪悪な心を持ったゼロムスに立ち向かったそなた達が、正しき心を持っていたように……」
    「いやぁ、そんなに褒められると、さすがに照れるぜー!」
     一人笑うエッジに、リディアは腰に手を当てて怒っているようなポーズをした。
    「何言ってんの! エッジはすぐに調子に乗るんだから! あんたなんか、ゼロムスに利用されなかったのが不思議なくらいよっ」
    「へへっ。俺は正義を愛しているからなっ!」
     エッジとリディアのいつものやりとりに、全員が小さく笑う。今までの緊張感が嘘みたいに、和やかな空気が流れた。
    「さて……」
     フースーヤが目を伏せる。
    「そろそろ、私の眠りにつかなければならない。……そなた達は?」
     全員に問いかけつつも、その質問はセシルに向けたものだと分かった。セシルの中には、フースーヤの弟の血が流れている。だからこその、問いかけ。
     この月に、懐かしさを感じていることは確かで。この地もまたセシルの故郷であることは間違いない。けっれど、セシルの中で答えは既に決まっていた。
    「僕らの星に、帰ります!」
     あの星を、あそこに住む人たちを守りたいからこそ、ここまで戦ってこれたのだ。セシルを育んでくれたあの青き星こそ、帰る場所。迷う余地もなかった。
     ローザも晴れやかに笑う。
    「待っている人達がいるんです」
     その言葉にセシルは大きく頷く。
     半ばその答えを予期していたのだろう。フースーヤは驚くこともせず、穏やかにそうか、と呟いた。
    「素晴らしい仲間を得たな。……また、会える日を楽しみにしているぞ」
     その言葉にはい、と応じるセシルに被るように、ゴルベーザが口を開いた。
    「私も……一緒に行かせてはもらえませんか……?」
     その言葉に、ゴルベーザ以外の全員が驚きに目を見開く。
    「おぬしが……か?」
    「はい。あれほどの事をしてしまった私は……戻れません。……それに、父クルーヤの同胞である月の民に会ってみたいのです」
    「そうか。……おぬしにも、月の民の血が流れている。同胞達も喜んで迎えるだろう。……だが、長い眠りになるぞ?」
     ゴルベーザはこくりと頷いて、フースーヤの隣に歩み寄ると、セシルを振り返った。
    「……兄と、呼んでくれたな」
     セシルは小さく息を呑んで、一瞬ゴルベーザを見た後、視線を逸らした。
    「……」
     なんと答えればいいのか、分からない。あの瞬間は兄と呼べたのに、今はそれを口にすることも出来なくて、自分の心に戸惑う。
     そんなセシルの様子に、ゴルベーザは苦笑した。 「……許せるはずもないか。……散々お前達を苦しめてきたのは、私だからな……」
     その声に、いつまでも苦悩し続けるセシルを責める色は微塵もない。自分の行いを悔いる色と、少しの寂しさが入り混じったかのような、そんな声色をしていた。
    「……では、我々は眠りにつく。青き星の平和を、この地より祈っているぞ。……さあ、参ろう」
    「はい」
     そうしてフースーヤとゴルベーザはセシル達に背を向ける。フースーヤが何事か唱えると、光の扉が出現した。
     それを見たローザが、セシルの背にそっと手を添える。
    「セシル」
    「……」
     カインもまた、セシルの隣に歩み寄る。
    「いいのか? 行かせて……」
     リディアがセシルの顔を覗き込むようにして、強い調子で言った。
    「お兄さんよ!」
     フースーヤが光の中に消える。ゴルベーザもまた扉に向いながら、セシルに別れを告げた。
    「……さらばだ」
     エッジが眼差しを険しくして、セシルを見た。
    「セシル!」
     仲間達の声に背を押されるかのように、セシルは数歩ゴルベーザに歩み寄った。その足音に、ゴルベーザが歩みを止める。
     その背中に、セシルは一度唇を湿らせた後、声をかけた。
    「……さよなら……。兄さん……」
     ゴルベーザの肩が小さく震える。
    「……ありがとう、セシル……」
     その声もひどく震えていて、振り返らない兄が泣いているのだと、そう分かった。
     そして、兄の姿も光の向こうに消え、光の扉が消える。それを見届けたセシルは、笑顔で仲間達を振り返った。
    「……帰ろう!」

     魔導船が宇宙を翔ける。その中の一室。セシル達の入ったことのない区画に、ミシディアに伝わるあの伝承が刻まれたレリーフがある。
     クルーヤが遥か昔に地上に伝えた、伝承。それは一部にすぎない。ここにその全てが刻まれていることを彼らは知らぬまま、この魔導船をミシディアの竜の口へと封印するだろう。

     竜の口より生まれしもの
     天高く舞い上がり
     闇と光をかかげ
     眠りの血に更なる約束をもたらさん
     月は果てしなき光に包まれ
     母なる大地に大いなる恵みと慈悲を与えん
     されど束の間の休息なり
     その月は自らの光を求めて更なる旅に導かれん
     同じ血を引く者の一人は月に
     一人は母なる星に
     時の流れがその者たちを引き離さん

     今までの旅と兄弟の別れを予言したかのようなこの伝承を、クルーヤはどんな想いでミシディアに伝えたのか。それを知る者は、今は誰もいない。  

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