FINAL FANTASY W 〜砂漠の光・5〜
滝の裏にある通路を通り抜けたセシル達を一番最初に出迎えたのは、灼熱の太陽だった。
「まぶしい〜」
太陽の光に目を細めるセシルの横で、リディアが目をしぱしぱとさせている。
「セシル、リディア。こっちじゃ! この先の北の砂漠の中に、ダムシアン城が……」
テラの言葉が途切れる。彼の言葉を打ち消すかのような大きなエンジン音が響いたからだ。聞き覚えのあるその音に、セシルは反射的に空を見上げた。
空には、バロンの方角に向かう幾つもの船影があった。
「『赤き翼』!? どうして!」
「セシル!!」
呆然としかけたセシルは、リディアの悲鳴のような自分を呼ぶ声にはっと我に返る。
泣きそうに顔を歪めたリディアが、震える指で北の方角を指差した。
「お城……燃えてるのっ!」
目を見開いてそちらに目をやれば、砂漠に佇む城は廃墟と化し、黒煙に包まれていた。
「あの城にはアンナがっ……! アンナーーーッ!!」
叫んで走り出すテラの後ろに、セシルとリディアも続く。
そして、間近で見る城の惨状に、三人は思わず息を呑んだ。上空から爆撃を受けたのだろう。堅牢な城壁は崩れ落ち、そこかしこに人が倒れている。息がないのは、遠目に見ても明らかだ。
小さく震えるリディアが、無言でセシルの腕に縋りついてくる。セシルはリディアの頭を撫でると、小さな手を握って歩き出した。
まだ生きている人がいるかもしれない。助かる人がいるかもしれない。それに何より、テラの娘アンナを見つけるまでは、引き返すつもりなどなかった。どんなに辛い光景が目の前に広がっていても。
そして、彼らは最上階で目的の人物と出会う。美しい赤毛の娘が、床に倒れていた。その胸を赤く染め上げて。
「ア……アンナーーッ!!」
テラの悲痛な叫びが響く。その声が聞こえたのだろう。奥から、金の髪に優しい面立ちの美しい青年が現れる。テラはその青年を見て、怒りに頬を染めた。
「きさまっ! あの時の吟遊詩人! きさまのせいで、アンナはっ!!」
「!?」
息を呑んで、青年は微かに後ずさる。そこにテラが詰め寄り、胸倉を掴んだ。
「きさま……よくも娘を!」
「ち、違います……!」
青年の顔が締め上げられる苦痛に歪んだ。
「何が違うというのだ!」
「は、話を……聞いてください……!」
「黙れっ!!」
テラの青年を締め上げる力が増す。
「この痛み……アンナの痛みっ」
「アンナ、とは……っ」
テラが右手を振り上げた、その時。
「二人とも、やめてっ!!」
アンナが苦痛に顔をしかめながらも全力で叫んだ。
「アンナ!」
「アンナ……生きていてくれたか!」
二人はアンナの元に駆け寄る。テラがアンナを優しく抱き起こした。
「お父さん……彼、ギルバートは、このダムシアンの王子……。身分を隠して、吟遊詩人として……カイポに来たの……。ごめんなさい、お父さん……。勝手に飛び出したり、して……。私、ギルバートを……愛しているの。でも、大好きな、お父さんに……許して、もらわなくちゃって。カイポに、戻ろうとした、とき……」
アンナは浅く呼吸を繰り返しながら、切れ切れに言葉を紡ぐ。それを支えるテラの手は震えていた。セシルは痛ましげに目を細める。彼女に死の足音が近付いているのは、明らかだ。最早、回復魔法も蘇生魔法も蘇生道具も用を成さないほどに、彼女の状態は厳しい。
「ゴルベーザと名乗るものが率いるバロンの『赤き翼』が……」
ギルバートの言葉に、セシルはぴくりと肩を上げた。セシルが追放された飛空挺部隊『赤き翼』。その部隊長の座に着いたものがいる。
「ゴルベーザって……一体何者なんだ!?」
「分かりません。……黒い甲冑に身を包んで……人とは思えぬほどの強さで……」
ギルバートは視線を落とした。その細い肩が、小刻みに震えている。
「何故、『赤き翼』が……!」
「奴らは、火のクリスタルを奪うと火を放ち……父と母も殺され……アンナも、僕を庇って……弓にっ」
ギルバートの搾り出すような言葉に、テラは目を見開き、腕の中の娘を見つめた。
「そんなにまで……こやつのことを……」
アンナは柔らかく微笑んだ。死の淵にいるとは思えない、綺麗な笑みだ。
「お父さん……勝手な娘で……ごめんなさい。わたしを、許して……。ギル、バート……愛、してる……」
最期に、大切な二人をその瞳に映して。アンナの体から力が抜けた。綺麗な笑みを浮かべたまま、彼女は父親の腕の中で永久の眠りに就く。
「アンナ!!」
「アンナ! アンナーーー!!」
ギルバートががくりと床に膝を付き、テラが娘を抱きしめる腕に力を込める。テラは、娘の頬を一撫ですると、そっと床に横たえた。
「……ゴルベーザとは……何者じゃ」
妙に静かな声で、テラが尋ねる。その不自然さにセシルは不安を覚えた。
「最近……バロンに来て……『赤き翼』を率いてクリスタルを集めている、としか……うぅ、アンナ……」
ぼろぼろと泣き崩れるギルバートに冷めた視線を送ると、テラは勢いよく立ち上がった。
「情けない。泣いても、アンナは生き返らん。……バロンの、ゴルベーザ……!」
その声は、深い悲しみと憎しみで彩られていた。
踵を返して歩き出すテラに、セシルは慌てて声をかける。
「テラ! どこに!?」
「仇を討つ!」
それはあの強大な国を相手に戦いを挑むということだ。
「一人では無理だ!」
「助けなんぞいらん! 奴は私一人でやるっ!!」
伸ばされたセシルの腕を払いのけ、テラは階下に姿を消した。残された者達は、その背を見送ることしか出来なかった。