FINAL FANTASY W 〜砂漠の光・3〜
静かな洞窟内にぱちぱちと火の爆ぜる音が響く。その火に背を向けるように寝転がって、リディアが小さな寝息を立てている。
「よく寝ておる。よほど疲れておったんじゃな」
「頑張ってくれましたから」
セシルは兜を外すと、優しい瞳でリディアを見つめた。
本当に頑張ってくれた。辛い道のりだったろうに、一言も弱音を吐かず、何度もセシルを助けてくれた。
守ると誓ったはずなのに、守られているのはセシルの方だ。
「この子は……ミストの」
テラが言いよどむ。セシルは微かに迷った後、口を開いた。隠していても無駄だと思った。
「はい。……ミストの、召喚士です」
「やはりな。良い資質を秘めておる。このままいけばさらに強力な魔法も使いこなせるじゃろう」
賢者と呼ばれる老人はそう呟いて相好を崩す。
「それにしても可愛い寝顔じゃ。……幼い頃のアンナを思い出す」
懐かしむような表情と愛情のこもった呼び方に、アンナという人がテラの大切な人なのだと分かる。
「アンナ? ……その人は」
「私の一人娘じゃ。カイポに来た吟遊詩人と恋に落ちてな。……しかし、私が賛成しなかったばかりに、ダムシアンに駆け落ちしてしまった」
セシルは小さく目を見開いた。
「それで……ダムシアンに?」
「そうじゃ。ダムシアンの方角から、不吉な気配を感じてな」
テラはそう言ってから自嘲気味に笑う。
「このおいぼれの気のせいならいいんじゃが……」
「……この先じゃ。この先に、奴がおる」
一晩休み体力を回復させたセシル達は、地下を流れ落ちる巨大な滝の前にいた。
強くロッドを握り締めるテラに、セシルはそういえば、と問いかける。
「この先に何がいるんですか?」
「たこじゃ」
「え? ……た?」
「たこじゃ」
他に言いようはないのだろうかとセシルは思った。侮るわけではないが、たこと言われるとあまり緊迫感がないような気がするのは、気のせいだろうか。
そんなことを思うセシルの横で、リディアが緊張した面持ちで滝壺を見つめている。無理もない。これからここを流れ落ちて、強力な魔物と戦わなくてはならないのだから。
「リディア」
声をかけると、真剣な色を湛えた翡翠の瞳が、セシルをまっすぐに見上げてくる。
「いこう、セシル。ローザが、待ってる」
「……そうだね。行こう」
しっかりと頷いてみせると、途中で逸れないようにとセシルはリディアを抱き上げる。リディアがしっかりと鎧にしがみついたのを確認すると、少女を抱きしめる手に力を込め、滝壺に向かって跳躍した。
しばしの落下の後、三人は派手な音と共に着水する。
滝壺から少し流された場所で、セシルが水面に浮かび上がった。
「……っ! リディアッ! 大丈夫か!?」
「ぷわっ。……う、うんっ。テラのおじいちゃんはっ?」
セシルにしがみついたまま辺りを見回したリディアは、思い切り水を飲んで咳き込んでいるテラを見て、目を丸くした。セシルの腕からぴょんっと飛び降り、水をざぶざぶとかき分けてテラに近付く。
「だ、だいじょうぶ?」
「なっ何のこれしきぃっ! げほっ」
苦しそうなテラの背中をさするリディア。中々に微笑ましい図だ。決戦前だというのにセシルは和やかな気分になった。
「何じゃセシル! その目はっ! おじいちゃんと孫を見るような目で見るでないっ!」
顔を真っ赤にして水をかき分けるテラに苦笑を洩らし、セシルはリディアに近付くと彼女を抱き上げ、歩き出す。リディアの背丈では、溺れてしまいそうだ。
セシルの腕の中で、リディアは不思議そうに瞬いた後、首を傾げた。
「……歩けるよ?」
「だめ。溺れたら大変だよ」
「むー」
リディアが不満そうに足をぶらぶらとさせる。セシルは宥めるようにリディアの背中をぽんぽんと叩き、そのまま滝に向かって歩き続けた。この地下水脈の出入り口は滝の裏にあるのだ。
そして、滝の目の前に来た時。感じた強い殺気に、セシルは表情を険しいものにする。
「セシル! リディア! 来るぞ!」
テラの言葉に、セシルは近くの岩場に移動しリディアを降ろす。そして、自分も岩場に登ると、テラに手を貸して彼も岩場に引き上げた。
水の中を黒い影が移動したかと思うと、セシル達の前で水面に浮上する。
「オクトマンモスじゃ!!」
テラの叫びと共に、黒い影が躍り出た。