ゼムスの元へと続く道は、心が震えるほどの憎悪で満ちていた。
普通ならば、この憎しみの感情に恐怖すら覚えるところだろう。実際、足を踏み入れた瞬間は気圧された。けれど、今セシルの心を占めるのは恐怖ではない。
バブイルの巨人で知った真実。頭では理解できても、心が着いていかない。
これからどうすればいいのか、そして何よりも自分自身がどうしたいのか。それがちっとも分からない。自分の心なのに。
それでも、ゴルベーザとの再会の時は近づいている。
セシル達がゼムスの元に向っている以上、顔を合わせない訳にはいかない。
進んで行くにつれ、徐々にゼムスの気配が濃く強くなっていくけれど、セシルが考えるのは実の兄だというゴルベーザのことだ。
ゼムスに操られ、セシルをバロン近くの森に置き去りにしたというゴルベーザ。何故、彼はゼムスに操られてしまったのだろう。やはり、彼に悪しき心があったということなのだろうか。
いや、とセシルは内心首を横に振る。
それならばゴルベーザに操られたカインもまた、悪しき心の持ち主だということになってしまう。
カインの気持ちを知りながら、今までの居心地のいい関係を崩したくなくて気付かないふりをしたのは、セシルだ。結果操られてしまったカインを悪だと責める資格など、セシルにあるわけがない。
それに、そもそもセシル自身もミシディアやミストで悪と呼ばれても何の言い訳も出来ないような行為をしているのだ。自分は清廉潔白だから操られずに済んだ、なんてわけではない。それでも道を踏み外さずにすんだのは、本当に運が良かったのだと思う。
孤児ということで辛い思いをしたりもしたけれど、真の意味で孤独だったことは今まで一度もなかった。自分がこうしていられるのはそのおかげだ。
そんな風に考えれば考えるほど、自分の気持ちが分からなくなる。
ゴルベーザを倒す。それだけを目標に、ひたすら前に進んできた。それを、今更やめることに戸惑いがないといえば、嘘になる。かといって、ゴルベーザの境遇を思うと、ただ冷淡に断罪することも躊躇われるのだ。
ふと、この状況を父が見たらどう思うだろうと思った。
試練の山の頂でセシルに聖騎士の力を授けた、父。亡くなってから魂だけをあの山に留めていたのだろう。
あの時はまったく意味の分からなかった言葉も、全てを知った今なら分かる。
悲しいことが起っていると、セシルに力を授ければさらなる悲しみに包まれると、あの声は言っていた。
それはそうだろう。ゴルベーザの心がゼムスによって歪んでいくのをただ見ていることしか出来なかった。そして、セシルへ力を授けることは、兄弟を争わせることに拍車をかける行為だった。それを見守るしか出来ない父の悲痛は、どれほど深かったのだろうか。
セシルは己の右手を見つめて、握りしめる。
この力を授かった時、あの声は。ゴルベーザを止めてくれ、と言った。倒してくれ、ではなく。
――……父さん! 僕は……!!
あの時は気付かなかったその言葉の意味に、セシルはぐっと唇を噛みしめたのだった。
そして、セシル達は憎悪の感情が一番濃い場所へとたどり着く。
黒衣に包まれた、生気のない表情をした男。禍々しい気配は、その男から放たれている。誰かが、小さく息を呑んだような気がした。
そして、その男と対峙しているのは、見覚えのある二つの後姿だ。
「ゴル、ベーザ……! フースーヤ!」
セシルの唇が震え、掠れそうな声で二人の名を呼んだ。