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    FINAL FANTASY W 〜意味と答え・5〜

    「……っしゃ! いっくぜ!」
     エッジのその明るい声に、リディアは背筋を正した。彼はみんなの調子を取り戻させるためにあえて明るくそう言ったのだ。それが、その声音から伝わってくる。
     この憎悪の渦に恐怖を抱かない人間がいるはずもない。彼だって怖いはず。それでも、大切な人達を守るためには、俯いてなどいられない。
     だから、まっすぐに前を見る。そうすると、今まで自分のことで精一杯だったリディアの視界に、硬い気配を放つカインの姿が映った。
     ゴルベーザを介してとはいえゼムスに操られたカインにとってこの場所が辛いだろうことは、想像に難くない。
     まるで何かと戦っているかのような空気を放つカインの傍に駆け寄って見上げると、カインの空気が和らぎ、大丈夫だとでも言うかのように頷いてくれた。
     そのカインの瞳には今までよりも強い意思の色が見えた。カインが、自分の中の憎しみや弱さを受け入れて立ち向かおうとしているのが、ひしひしと感じ取れた。
     今のカインならば、きっと大丈夫。
     そう思って、リディアはカインに頷き返してみせると、エッジの方に小走りで向かう。
     ゼムスの激しい憎しみの感情。カインもまた、自分の中の憎しみと戦っている。
     リディアだって、セシルやカインと初めて会ったあの瞬間は世界すらも憎んだ。お母さんのいない世界なんていらないと思った。心が真っ黒な感情で塗り潰された。
     けれどリディアは今、憎かったはずのセシルやカインと、一度は壊れてしまえと思った世界を守るために、この場所にいる。
     色々な感情を乗り越えてきたなぁと、自分でも思う。けれど、こんな風に前を向いていられるのは、決してリディア一人の力ではない。
     ミストの村を旅立って、お母さんだけが大切だったリディアに大事な人が増えていった。そして、憎かったはずの世界は、大切な人達が生きる大事な場所になった。
     ふと、リディアはセシルの背中に視線を向ける。
     セシルの兄だという、ゴルベーザ。彼もまた、父と母を亡くし、それが原因で人々と世界を憎んだのだという。
     それは、もしかしたらリディアが辿っていたかもしれない姿だ。そう思うと、少し恐ろしくなった。
     たとえば母が今わの際に、恨み言を言ったとしたら。リディアがセシル達を許すことはなかっただろう。そして、リディアもまたゴルベーザやゼムスのように、全てを憎むことになっていたに違いない。
     残して逝くことを詫びて、強く生きて、大好きよと告げて。リディアの事を心配したまま、母はこの世を去った。
     ドラゴンを呼び出さなければ、お母さんはきっと今でも生きていたのに。
     そう思うこともあった。けれど、たくさんの守りたいものが出来たリディアには、母が命懸けでドラゴンを召喚した理由がよく分かるようになっていた。
     命を賭してでも守りたい人が、守りたい場所があるからだ。それを失ったら、世界の滅亡を願ってしまうくらい大切だからだ。
     だから、お母さんは全力で戦ったんだ。今のあたしがそうであるように。
     ゼムスの事は分からないが、ゴルベーザも父と母が本当に大切だったからこそ、こんな悲しい運命を背負うことになってしまったのだろう。
     そう思うと、とても切ない。
     いくら操られていたとはいえ、ゴルベーザの犯した罪は重い。けれど、そうするに至った理由を知れば、憎み切れなくて。だからこそ、セシルは実の兄に複雑な思いを抱いてしまい、許せずにいるのだろうか。
     リディアは、ようやく隣に並んだエッジに、ちらりと視線を向けた。
     ゴルベーザにもゼムスにも、自分の心に寄り添ってくれるような誰かが、一人でもいなかったのだろうか。そういう人が傍にいてくれたなら、今こんなことにはなっていなかっただろうに。
     人の温かさを知っているからこそ、そのことを思うと悲しく感じる。この憎しみの渦が、彼らの孤独の深さを表しているように思えた。
     それをエッジに伝えると、リディアの言葉が意外だったのか、エッジは驚いたような顔をしていた。
     大切だったから、失った時の傷が大きくて、そしてそれを癒す方法もなかった。そして、全てを憎んだゴルベーザ。だが、結局セシルを殺さなかった。
     それはきっと、セシルの存在を憎む一方で、たった一人の弟を愛する気持ちも確かに存在していたからではないだろうか。
     そして、ゴルベーザが今ゼムスに立ち向かっているのは、罪悪感と、責任感と、それから唯一の家族を守りたいと願っているからじゃないだろうか。
     ゴルベーザのしたことは決して許されることではない。それでも。
     セシル。あなたのお父さんもお母さんも、兄弟で憎みあうことなんて、望んでないはずだよ。あたしのお母さんが、あたしの幸せだけを祈ってくれたみたいに。
     だからね、セシル。ゴルベーザの事、受け入れてあげて。全部は許せなくても、ゴルベーザが家族を本当に大切に思っていたからこそ、罪を犯すことになってしまったことを、分かってあげて。
     自分でも勝手だと思いながら、リディアはそんなことを思う。そうでないと、唯一の兄弟の心は永遠に離れたままになる。そんな気がした。 

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