セシル達は月の民の館へとやって来ていた。フースーヤとはじめて会った場所の奥に行くと、八つのクリスタルが円形に配置された部屋がある。
以前訪れた時にはクリスタルに感銘を受ける以外は特に何もなかった部屋だが、今は少し様子が違う。部屋の中央部分にパネルのようなものから、微かな魔力の流れを感じた。
ゼムスが封じられている場所へと繋がる入口なのだろう。
この真下にいるのだ。すべての元凶のゼムスが。
セシルはぐっと拳を握りしめる。
あの青き星を守りたい。あの星で出会った大切な人達を守りたい。その決意は揺らぐことはない。
けれど、先にゼムスの元に向かった二人の事を考えると、どうしても先に進む足取りが重くなってしまう。
……僕は、どうしたいんだろう……?
巨人を脱出してから今までずっと、考え続けてきた。けれど、まだ、結論は出ない。
それでもセシルは、前に一歩踏み出す。ゼムスから、大切なものを守るために。
「……みんな、行こう」
そしてそのパネルの上に立つと、周囲のクリスタルが光を放ち――セシル達は月の地下渓谷へと転移していた。
月の民の館の地下には、広大な渓谷が広がっていた。
足を踏み入れた途端、強烈な憎悪の気配にローザの背筋にぞわりと悪寒が走る。無意識にさすった腕には、鳥肌がたっていた。
「……っしゃ! いっくぜ!」
重苦しい雰囲気を払拭するかのようにエッジが叫び、拳でカインの肩の辺りを叩いた。エッジの手甲がカインの甲冑に当たってがつんと派手な音が響く。
「……痛いし、敵地の真っ只中ででかい音を立てるなんて、相変わらずだな。バカ様は」
「だからバカ様言うんじゃねえよ、バカイン」
そんなどこか子供っぽい軽口を交わしつつ、二人は歩き出す。漂う気配は相変わらず重いままだが、少しだけ仲間達のまとう空気が軽くなったような気がした。
あえておどけてみせることで、仲間達の無用な緊張を解きほぐす。エッジは、それが自然に出来る人だ。さっきの動作もきっとそれを狙ってのわざとなもので、カインもそれを理解してあえて乗ったのだろう。
ローザがエッジに視線を向けると、エッジはリディアに何事か話かけていた。
ゼムスの思念に操られたゴルベーザによって、故郷を破壊され、親を亡くした二人。今回の件で大きく運命を歪められた二人だ。
ゼムスだけではなくゴルベーザを憎んでいても、おかしくはない。けれど、家族を亡くした二人は、セシルの唯一血繋がった家族に、自ら手を下そうとはしなかった。
それはとても悲しく、そして勇気のいる決断だっただろう。憎しみを乗り越えて、あの星を守るために戦う二人の背中は、とても頼もしく見えた。
そして、カイン。ローザにとって兄のような、大事な幼馴染。
いつだってローザの事を気遣ってくれたカイン。彼は強くて頼りがいのある人だから、きっと大丈夫。幼い頃からそう思ってきたけれど、いつしかカインをそんな型にはめ込んで、彼の放つSOSに気付けなくなっていたように思う。
それが、彼の憎しみを増幅させ二度も裏切らせてしまった原因のひとつなのではないだろうか。
何でも一人で出来る、何が起こっても大丈夫な人間なんているはずがないのに。彼が誰にも頼れない状況を、ローザは作り出してしまったのだ。
なんて愚かなことをしてしまったのだろう。ローザは、自分の愚かさを呪いたくなった。
けれど、カインはそんなローザを今でも気遣ってくれる。
そんな彼に、たくさんの謝罪と、それ以上の感謝の気持ちを伝えたい。この戦いが終わってあの星に帰ったら、カインにただ頼るだけではなく、カインがセシルやローザを頼ってくれるような、そんな関係を作り直せたら。
少し先の未来に思いをはせながら、ローザは黙って歩き続けるセシルへと視線を走らせた。
月に降り立ってからただでさえ少なかったセシルの口数。地下渓谷に着いてからは、ほとんど口を開くことがなくなってしまった。
セシルが何を考えているか、何を苦悩しているのか。誰もがそれを分かっているから、セシルに余計な口出しはしない。
セシル自身が悩みに悩んで出した結論でなければ、意味はないからだ。
ローザもそう思うから、セシルに何も言わない。ただ、思い悩む彼の背中をじっと見つめる。
あの青き星のこと、ゼムスのこと、フースーヤのこと。……そして、兄のこと。色々と思い悩む彼に、もし声をかけるとしたら。
あなたは一人じゃないのよ。だって、あなたのことが好きなのは、私だけじゃないもの。みんな、あなたのことが好きなのよ、と。ただ、それだけを伝えたい。
最初はバロンのために、そして今はあの美しい星のために。セシルがずっと自分以外の誰かのために、心を押し殺して戦い続けてきたことを、みんな、知っている。そんな誰かのために懸命になれるあなたのことが、みんな好きだから。
だから、セシル。最後の戦いは、あなたの思いのために――……。
私は、あなたの決断に着いて行くから。ローザは柔らかく目を細め、セシルの背中を見つめていた。