「――サンダガ!!」
フースーヤの魔法が炸裂し、漆黒の剣を構えたゴルベーザが気合とともに目の前の魔物を両断する。
「……行きましょう」
剣を鞘に収めつつ淡々とそう言うゴルベーザの剣技に、フースーヤは微かに目を細めた。
ゴルベーザの使う剣の太刀筋に、フースーヤは見覚えがあった。
若かりし頃の弟の剣技に、ゴルベーザの使うそれはよく似ていた。弟がゴルベーザに教えたのだろう。
ばさりとマントをはためかせ、先へと進もうとするゴルベーザの後を歩きながら、フースーヤは先ほどのゴルベーザの戦う姿に思いをはせる。
弟とよく似た戦い方をするゴルベーザ。その姿を見ていると懐かしさを感じる。けれど、同時に胸をつくような感情も覚えるのは、ゴルベーザが父から教わった技術を憎しみをもって使ってしまったことを悔やんでいるからだろうか。
だからこそゴルベーザは、己の手でゼムスと決着をつけようと思ったのだろう。
バブイルの巨人の中で俯いたままだったセシルのことを思うと、このままゴルベーザとゼムスの元へ向かっていいのかと思わないでもない。たった二人きりの兄弟で、フースーヤにとっては甥なのだ。どうにか関係を改善させてやりたいという思いはある。
けれど、そんなことが小さな悩みになってしまうほどに事態は深刻さを増している。少しでも早くゼムスを止めなければならないのだ。
心の片隅に小さな迷いを抱きながらも、フースーヤはそれを口にはせずにゴルベーザの後について歩くのだった。
背後に続くフースーヤの気配を感じながら、ゴルベーザは黙々と前に進んで行く。
月の民の館の地下に広がる、地下渓谷。奥深くにゼムスが封じられているというその場に足を踏み入れた瞬間から、ずっと頭の中で声が響いている。
二十年近く前に母を亡くした直後に聞こえた、あの声が。
――……憎かったのではないか。父を殺した青き星の民が。反撃もせず魔法を受けて死んだ父が。死ぬと分かっていても出産を選んだ母が。母を殺して生まれてきた弟が。……何も出来なかった無力な己が。
その通りだった。自分も含め、すべてが憎かった。だから滅んでしまえばいいと思った。少しでもそんな心があったからこそ、ゼムスに付け込まれてしまったのだろう。
――……滅ぼせばいい。己の心に従えばいい。今まで、そうして生きてきたのではないのか。……セオドール。
その名で呼ぶな、と思う。両親から神様の贈り物という意味を込めてつけられた名前。けれど、その名に相応しい生き方など全くしてこなかった。ゴルベーザと名乗り生きてきた期間の方が長いくらいだ。
幼いセシルをバロン近郊の森に置き去りにしたあの時に、セオドールという少年は死んだ。その原因のゼムスが今更セオドールの名を呼ぶなど、ふざけるなと思う。
ゼムスは、そういった人の心の隙をつくのが、上手いのだろう。今はもうそれが分かっているから、多少の憤りは感じても心がひどく乱されることはない。
それでも剣を握る手に力がこもる。
この剣も、魔法も。すべて父が教えてくれたものだったのに、憎しみに駆られた自分が汚してしまったように思う。それが今更ながらに悔しい。
だからこそ、ゼムスを倒さなければと思う。父の教えてくれた技術は、ただ傷つけるためだけのものではないと、そう証明したいのかもしれない。
ふと、たった弟の姿が脳裏をかすめた。聖騎士として父の心を継ぎ、母の面差しを面影に残す、弟。兄らしいこと何一つしてやれなかった自分に唯一出来ることが、弟が愛するあの星を守ることなのだと思う。
ゼムスを、倒してみせる。たとえ、この命を懸けることになっても。
黒い甲冑の下に隠れた瞳に強く悲壮な決意がこもった。