倒れゆく巨人の姿を魔導船のモニターから見届けたローザは、ほっと息をついた後、振り返る。
その視線の先では、エッジとカインが対峙している。主にエッジが発する一触即発の空気に、間に立ったリディアはおろおろとエッジとカインを見比べている。
そんな空気の中、先に口を開いたのはカインだった。
「やっと……自分の心を取り戻すことが出来た。……今更、許してくれなどと虫のいいことは言わんが……」
「はっ! あったりめーだろ! てめーのせいで巨人が現れたも同然だ!」
眼光鋭く叫ぶエッジからカインを庇うように、ローザが二人の間に割って入った。
「ローザ……」
ぽつりと呟いたカインの顔が複雑に歪められたことに、カインに背を向けたローザだけが気付かない。
「ゴルベーザも正気に戻ったから、カインの術も解けたのよ! カインのせいじゃないわ!」
複雑そうな表情をしていたカインだったが、ローザの一言にぴくりと反応する。
「ゴルベーザ、も……?」
カインの問いに、ローザはカインを振り返って頷く。
「ゴルベーザは……セシルの、お兄さんだったの……」
「……」
その事実をまだ受け入れきれていないセシルは、沈黙したまま俯いた。ローザはちらりとそんなセシルを見た後、言葉を続ける。
「ゼムスという月の民が、ゴルベーザに流れる月の民の血を利用して、操っていたらしいの」
「それで、ゴルベーザはゼムスを倒すって。月の民のフースーヤと月に向かったの」
リディアがローザの言葉を継いで言う。カインは、やや俯きがちにローザとリディアの言葉を聞いていた。
「……ゴルベーザが、セシルの兄……」
そう呟いて、カインは顔を上げる。
「……ならば、俺もこの借りは、そのゼムスとやらに返さねばなるまい!」
その言葉に、セシルはのろのろと顔を上げる。ゴルベーザに操られていたカインもまた、憎いはずのゴルベーザを倒すとは言わない。リディアやエッジと同じだ。
それは、彼らがゴルベーザを憎む以上に、家族を失う悲しみを身をもって知っているからなのかもしれない。
「……また、操られたりしなけりゃいいんだが」
挑むような眼差しを送るエッジに、カインはふっと不敵な笑みを浮かべた。
「……その時は、遠慮なく俺を斬るがいい!」
その言葉に、エッジは口角を小さく上げ、ローザが息を呑む。
「なら、俺も行くぜ! そいつに一太刀浴びせなきゃ、気がすまねえ!」
その言葉に、カインは先ほどの不敵な笑みを緩めた。やや乱暴な物言いながらも、エッジはカインとともにゼムスと戦うことを決めたのだ。
カインのしたことを完全に許したわけではないが、カインの決意を認めたエッジの信頼が嬉しかったのだろう。
「……エッジ」
「……行こう……」
セシルが小さく呟いて、顔を上げた。その瞳には未だ迷いの色がある。けれど、ここでこうして立ち止まっているわけにはいかない。ゼムスの脅威はまだ退けられていないのだから。
「僕も、月に行く……!」
「……セシル……」
セシルのその様子に、ローザが痛ましげに目を細めた。セシルはローザとリディアに視線を向ける。
「ローザとリディアは残るんだ。僕ら三人だけで行く! 今度ばかりは生きて帰れる保証はない!」
「セシル!?」
「そんな!?」
ショックを受けセシルを非難するような表情のローザとリディアに、セシルは魔導船の出入口を指さした。
「さあ、魔導船から降りるんだ!」
取り付く島もないとはこういう状態をいうのだろう。珍しく強い口調でそう言うセシルを、ローザはしばし見つめたあと、唇を噛んで身をひるがえした。
リディアがローザと小さく呟きつつ、扉から出ていくローザの背中を見送る。
翡翠の瞳が戸惑ったように彷徨う。すがりつくような視線が、エッジで止まった。エッジは、その視線から逃げるように微かに目をそらす。
「さ、ガキはいい子でお留守番してな」
エッジのその言葉に、泣きそうだったリディアの瞳が、一瞬で怒りに染まった。
「バカッ!!」
そう叫んで、リディアは魔導船の出入口へと駆けていく。
「……へっ」
バカと言われたエッジは、走り去るリディアの背中に優しい眼差しを向けていた。
エッジのその気持ちは、セシルにもよく分かった。たとえ嫌われても、大切な人を危険に合わせたくはないのだ。
「……セシル」
カインの呟きに、セシルは顔を上げる。
「行くぞ! カイン! エッジ!!」
カインとエッジが同時に頷いたのに、セシルもまた頷き返して。三人は船内中央のクリスタルに近づくと、周囲を取り囲んだ。
三人の意思を受け、クリスタルは強く光を放つ。そして魔導船は高く浮かび上がると、青き星からぐんぐんと離れ、月へと近づいていく。
魔導船が小さな振動とともに月へと着陸した。
「さあ……行くぞ!」
そう言って歩きだすセシルの後に、カイン、エッジと続く。
だが、その動きはすぐに止まった。魔導船の出入口に佇む人影に気付いたからだ。セシルの息を呑む音が、静かな船内にひどく大きく響いた。