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    FINAL FANTASY W 〜懺悔と決意・3〜

     夜の闇の中で一人静かに月を見上げる父の後姿を見るたびに、そのままどこかに行ってしまうのではないかという不安に襲われる。
     父が自分と母を置いてどこかに行くはずがないのに。
     そんなことを思いながらゆっくりと近づくと、クルーヤが振り返って穏やかに笑った。そして、神様の贈り物という意味の自分の息子の名を呼んだ。
    「セオドール」
    「また月を見てる! 本当に父さんは月が好きなんだね」
     月を見る父の姿が寂しそうだと感じていることは、秘密だ。言ったら、不安が現実になってしまいそうな気がした。
    「ああ」
    「……何で?」
     それでも一歩踏み込んだのは、父が何を考えているのか知りたかったからだろう。クルーヤは小さく微笑むと、セオドールの頭を撫でる。
    「いつか、教えるよ。お前が分かるようになったらな」
     子ども扱いされたセオドールはむっとして口をとがらせた。
    「今だって分かるよ! 魔法だって使えるし!」
    「ケアルはマスターしたのか?」
     そう問われて、セオドールは口ごもる。
    「それは……まだ、だけど……」
     そう言うと、この村で魔法や色々な技術を教えているクルーヤは教師の顔で首を横に振った。
    「じゃあ、まだまだだな」
     そう言われてしまえば、セオドールに反論する術はない。家に帰って寝なさいと言うクルーヤに大人しく従うほかなく、一人で家に戻る。
    「ただいま」
     静かにそう言うと、父と母の寝室から微かに音がした。夜ももう遅いのに、母はまだ起きているのかと部屋を覗くと、母であるセシリアが床に座り込んでいた。
    「母さん! ど、どうしたの……!?」
    「だ、大丈夫よ……。心配いらないわ……」
     そう言うセシリアの顔色は真っ青で、とても大丈夫そうには見えない。泣きそうな表情の息子に、セシリアは優しく笑いかける。
    「これはね、無理をしないようになのよ」
     その言葉の意味が分からず、セオドールは首を傾げる。
    「え?」
    「無理せず、大事に育てるようになのよ。……あなたの、弟か妹を、ね」
    「え……ええーっ!? 本当っ!? やったぁー!!」
     それは、本当に幸せな時間だった。少しずつ大きくなっていく母のお腹を見ながら、セオドールは家族四人で過ごす幸せな日々を思い描いてた。
     そんな日々が壊れたのは、弟か妹が生まれる少し前だった。
     クルーヤが魔法を教えていた人物がクルーヤの魔法を己の利益のために使ってはいけないという考え方に反発し、魔法で襲いかかった。抵抗もせず魔法を受けた父は、その怪我がもとで亡くなったのだ。
     それから後のことを、セオドールはぼんやりとしか覚えていない。それほど、ショックが大きかったのだろう。
     クルーヤが亡くなったショックで、もともとそんなに身体が強くなかったセシリアは本格的に体調を崩してしまった。今の状態で子どもを産めば、セシリアの命が危ういと言われるほどだった。
     それでもクルーヤの忘れ形見を生むことを選んだ母は、弟を出産した直後に父の元へと旅立ってしまった。
     セオドールは、生まれたばかりの弟を眺めながら自宅で呆然としていた。父も母も失い、幼い赤子と二人、どうすればいいのか分からなかった。その時だ。
     ――……憎かろう、弟が……。
    「……え?」
     ――……お前の不幸はあの時から始まったのだ……。
     突如響いた声に、セオドールは周囲に視線を巡らす。
    「だ、誰だ……!?」
     ――……弟さえ生まれなければ……。父も母も……。
    「ち、違う……!」
     この子は悪くない。そう思うのに、どこからか聞こえるその声は徐々にセオドールの心を蝕んでいく。
     ――……お前は、毒虫だ。朽ちた竜のむくろより生まれし、毒虫……。その毒虫の名は……。
    「や、やめろっ……!」
     ――……ゴルベーザ……!

    「……お前を身ごもった母と幼い私を残し、父クルーヤは……死んだ。父に月の知識を教わっていた者達が私達の面倒を見てくれた。……しかし」
     そう言いながら、ゴルベーザはセシルを見る。
    「もともと病弱だった母は、お前を生んで間もなく死んだ……」
     そうして、気付く。セシルの面差しが、セシリアにひどく似ていることに。だから、ゾットの塔でセシルを攻撃出来なかったのかと、ゴルベーザは内心納得していた。
     ゼムスに操られていた間は、己の事も過去も全て霞みがかったようで、父や母の事すら思い出そうとすらしなかった。それでも魂の奥底には大切な家族の事が刻まれていたのだ。
    「お前さえいなければ母は死なずにすんだのだ……! ……そう思った私は、まだ幼いお前をバロン近隣の森に置き去りにしたのだ……」
     淡々と、事実だけを語っていく。ゴルベーザが話している間、セシルはずっと俯いたままだ。
    「それから私は……辺境の地で人目を避けるように生きてきた……。罪悪感に囚われながらも……おめおめとな……。今更許してくれとは言わんが……」
     ゴルベーザは目の前に立つ弟を見て、兜の下で目を細めた。
    「よく、生きていてくれた……」
    「……」
     その言葉を受け入れられないのか、セシルへ固く目を閉じたまま顔をそむける。
     当然だろう。己がしたことを、受け入れられ許されるなど、ゴルベーザ自身が思っていない。
    「ゼムスの思念を私が受けたのは、当然だ……」
     そう言ってゴルベーザはセシル達に背を向ける。
    「……どこへ行く?」
     その背に声をかけたのは、フースーヤだった。
    「ゼムスとは……私自身が決着をつける……!」
     ゴルベーザの言葉に、フースーヤが静かに立ち上がる。
    「ゼムスとて我らが月の民。……私もともに行こう」
     月の民の問題は月の民自身の手で決着をつけるべきだというフースーヤの強い意志を感じて、ゴルベーザは黙ったまま頷く。
     そう、この問題は月の民と、ゼムスに操られたゴルベーザの問題だ。その責任は、果たさねばならない。
     ゴルベーザは微かに背後を振り返り、年の離れた弟を見た。
    「……さらばだ。……セシル」
     フースーヤがゴルベーザの元に歩み寄り、そのまま制御室を後にする。
     セシルが顔を上げることは、なかった。

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