「……不思議な雰囲気のヤツだとは思ってたけど……まさか、月の民の血を引いてるとはなぁ」
魔導船に向って歩きながら、エッジがぽつりと呟く。それにつられたように、エッジの隣を歩いていたリディアが、前を歩くセシルの背に視線を向けた。
「あたし達の星に移るために月を創ったってことは……ここは、セシルのお父さんの故郷っていうことだよね」
リディアはそう言ってぐるりと視線を巡らせる。
「……寂しいところだよね。だから、憧れたのかな……あたし達の星に……」
暗い宇宙に青く輝く奇跡のような星。この月から、青き星をどのような思いで見つめていたのか。本当のところは分からない。分かるはずもないけれど。
「……かも、しれねーな」
その青き星に住む生物の全てを蹂躙し、青き星を手に入れようとしている者、ゼムス。バブイルの塔から巨人が降り立つならば、初めにその被害を受けるのは、恐らくエブラーナの大地だ。
エッジが愛してやまない場所。父と母が命を懸けて守り抜こうとした、大切な土地と民。
守りたいと強く思う。そして、ルビカンテに襲われた時のような思いは二度としたくない。
「今度は巨人か……。これ以上好き勝手させてたまるかよ……」
誰に聞かせるわけでもない。エッジの低く小さな決意。だが、隣を歩くリディアの耳にはしっかりと届いたのだろう。リディアの翡翠の瞳が、エッジをまっすぐに見上げてきた。
「……何だよ?」
「……ううん、何でもないの。……一緒に、頑張ろうねっ!」
そう言って満面の笑顔を見せるリディアに、エッジは数度瞬いた。誰に口にすることもないだろうけれど、一人でないということがこんなにも心強いと思ったことはない。
「……おう」
エッジはリディアに笑みを返すと、リディアの頭を優しく撫でたのだった。
セシルが歩きながら、周囲を見回す。その動きに気付いたローザが、セシルを見つめる。
「……不思議な感覚がしてたんだ。月に降りてから、ずっと……」
ローザは小さく首を傾げると、無言のまま言葉の先を促す。セシルの口元に淡い笑みが浮かんだ。
「知らない場所なのに懐かしいような……そんな感覚。それは、僕の中に半分流れる月の民の血が……父さんの血が、そう感じさせていたのかもしれない」
「……そうね。そうかも、しれないわ」
セシルの言葉にローザは頷く。そうしながら、この人はなんて大きな運命を背負って生まれてきたのだろうと思う。一人で背負うには、重すぎる運命。
「でもね、僕は……ここを故郷とは思えないんだ。懐かしく思うけれど……愛しいとは思えないんだよ」
「それはそうよ。あなたはあの青き星で生まれ、生きてきたんだもの」
ローザの言葉に、セシルはそうだよねと頷く。
「……僕は、あの星で生きてきて……あの星を愛しく思う。あの星で生きる人たちを大切に思う。……だから、守りたい。あの星に住む者として」
「……ええ」
「だから、僕は誓うよ。僕が愛するあの星を……そして、父さんが憧れ愛したあの星を、ゼムスから守ってみせるって」
そう言って力強く微笑むセシルに、ローザも鮮やかな笑みを返す。
「ええ、そうね。私も、あの星を守るために全力を尽くすと誓うわ」
そして、これほどの大きな運命を抱えたセシルを支えることも。
今歩いている地下通路を抜ければ、魔導船までもうすぐだ。
「戻りましょう。……私達の星に」
「……ああ!」
そうして、魔導船に戻ったセシル達は、一室に設置されている回復ポットで休息を取った。
ポットの中に入ると、機械が使用者の健康状態をチェックし、体力や魔力を一瞬で回復してくれるという、今のセシル達の技術では到底解析できそうもないものすごい装置だ。
それで、万全の状態になった一同は、クリスタルの周囲に集まる。セシルが、一同を見回した。
「じゃあ、みんな。準備はいいね?」
「ええ」
「うん」
「おう」
ローザ、リディア、エッジがそれぞれ頷き、フースーヤは無言で頷く。
「……クリスタルよ。僕らを青き星へ……バブイルの塔へ……!」
その念に応じ、クリスタルは浮かび上がる。月を離れ、青き星へ、緑の大地へと向かっていく。
そこで一同は、モニター越しに信じられないものを見た。
「……あれはっ」
「巨人!?」
モニターに大きく映し出されたのは、エブラーナの大地に降り立った巨人の姿だった。