「半年前なのに、昔話?」
随分と不思議な言い回しだ。エッジが首を傾げると、リディアはこくんと小さく頷いた。
「……変な言い方だなぁって思うでしょ? でも、あたしにとっては昔のことなの」
「……何が?」
「お母さんを亡くしたことも、セシル達と旅をしたことも、リヴァイアサンに呑まれたことも、全部」
「は?」
突拍子もないリディアの言葉に目を丸くするエッジには構わず、リディアは一気に言い募る。
「幻界にいたって話はしたでしょ? あそこはね、人間界の法則が通用しない場所で、時の流れが違うの。人の世界で半年くらい前に、リヴァイアサンに呑みこまれて幻界に行ったあたしは、そこで十年くらいの時を過ごしたの」
エッジはしばし、沈黙した。リディアの言っていた事を頭の中で整理する。
およそ半年前、彼女の村はバロンによって焼かれ、セシル達と旅を共にした。その途中でリヴァイアサンに飲み込まれて、幻界へ。そこで十年近い月日を過ごした。
目の前のリディアの姿を見る。まだ所々にあどけなさが残るものの、その姿は大人の領域に踏み込んだ女性の姿だ。
「……半年前、お前何歳だったんだ?」
「……七歳」
あまりにも途方もない話に、エッジは眩暈を覚えた。にわかには信じがたい話だ。だが、心のどこかでそういうことかと納得している自分がいるのも事実だ。
少なくとも、これでセシル達がリディアのことを異様に子ども扱いしている謎は解けたような気がする。彼らは、幼いリディアの姿を知っているのだ。普通に人間界で過ごしていたら、まだ七歳の少女なのだという意識があるから、どうしても子ども扱いしてしまう。
「……そりゃ、えらい成長っぷりだな」
あっさりとそう言ったエッジに、リディアは数度瞬く。
「……信じて、くれるの?」
信じてもらえないかもしれないと考えておたのだろう。それも無理はない。けれど、短い付き合いながらもリディアはこんな嘘をつくような人間ではないと、エッジは知っている。
「お前はそんな嘘つくような人間じゃねぇだろ」
そうとだけ言うと、リディアは小さくはにかんだ。
「……ありがと、嬉しい」
その様子はお世辞抜きに可愛い。エッジは照れたのを誤魔化そうとそっぽを向いて咳払いをし――ふと、動きを止めた。
半年前にバロンに滅ぼされたミスト。生き残った幼い召喚士の少女。そして、それを保護したバロンの騎士。偶然にしては、出来すぎている。
エッジの表情から何かを読み取ったのか、リディアは悲しそうに笑った。
「……お母さんもね、召喚士だったの。それもドラゴンで村を守る召喚士。でも、力はそんなに強くなくて、命を対価にドラゴンを召喚してたの。……だから、お母さんは死んじゃったの。村を守って……」
リディアの声も肩も震えている。それでも、リディアは語ることをやめようとはしなかった。だから、エッジも止めずに話を聞く。
「お母さんが戦ったのは、ミストにボムの指輪を届けに来た、二人のバロンの騎士だった……。セシルと、カインだよ」
半ば予想してたとはいえ、実際にリディアの口から出た名前に、エッジは思わず拳を握りこんだ。つまり、セシルとカインはリディアの母の仇ということになる。
「お母さんが死んじゃって、二人が現れて……。ものすごく嫌な、ドロドロした気持ちになったの、今でも覚えてる。お母さんのいない世界なんてなくなっちゃえって思った……。だからね、エッジのこと、すごいと思ったの」
「すごい?」
おうむ返しに問うと、リディアはこくりと頷く。
「うん。じいやさん達に笑って見せたでしょ? あの時、そう思ったの。……大人なんだなぁって思ったの」
「あのね、俺様大人大人」
わざとおどけてそう言うと、リディアは小さく笑った。
「大人って……いくつなの?」
「二十六」
「……え?」
リディアの表情と動作が固まった。その反応にエッジは拗ねたように唇を尖らせる。童顔なのと普段落ち着きがないと言われるせいか、年相応に見られることはほとんどない。
「……ん。でも、そうだね。エッジは大人だよね。……あたしは、ダメだなぁ」
エッジはリディアを引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。パーティー内の男性陣の中では小柄な部類に入るエッジだが、それでもリディアの華奢な体はその腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「エ、エッジ?」
「ばぁーか。七歳児にそんな取り繕った笑顔されてみろ。周りはたまったもんじゃねーっての。俺様だってまあそれなりにはキツかったってのに、ガキに簡単にやられてたまるかっつの!」
軽い口調でそう言って頭を撫でると、リディアは小さく笑った。
「……憎んだり、しなかったのか?」
しばしの沈黙の後、躊躇いながらもそう尋ねる。抱きしめたままだったので、エッジからはリディアの表情を伺い知ることは出来ない。
「最初は、憎んだよ。……けど、バロンの王様に化けてた四天王に騙されていただけだったわけだし、それに、セシルがずっと苦しんでるの見てたから……。その時にね、悪い事をしたら悪い人なんじゃなくって……悪い事をしても悔やんだり出来ない人が悪い人なのかなって……そう、思ったの」
ともに旅をしていたからこそ、そう思うに至ったのだろう。そして、そう結論を出したことでリディアは様々な感情を内に秘め、耐えてきたのだろう。普段の動作や表情はあどけないのに、この少女は時々ぐっと大人びた面を見せる。
ようやく、先ほどのどこか歯切れの悪いリディアの回答に納得がいった。
「……そっか」
「……ねえ、エッジ。あたしがセシル達を許したこと、お母さん怒ってるかなぁ……」
不安そうに響く声に、エッジは小さく苦笑すると再びリディアの頭を撫でた。
「子を思わない親なんていねーだろ。お前がセシル達を憎んで怖い顔してるよりは、笑って生きててくれる方が嬉しいんじゃないか?」
「……心のままに生きてって……言ってた……」
「だろ? 無理に憎もうとしたって辛いし、疲れるだけだろ。お前がセシル達を好きだって思うんならそれでいいんじゃね?」
務めて軽い調子でそう言うと、エッジの腕の中でリディアはこくんと頷いた。
「……ありがとう、エッジ」
小さく告げられたお礼の言葉に、エッジは小さく微笑んだのだった。