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    FINAL FANTASY W 〜想いの行方・2〜

    「ねえ、エッジ。さっきのりん……何とかっていうのは、呪文なの?」
     リディアはエッジの隣を歩きながらそう尋ねると、エッジは顔の前で手を振った。
    「違う違う。忍術は魔法じゃねーし。魔法は呪文唱えないと発動しないんだろ? 忍術はアレ唱えなくても発動するしな。ちょっと威力は弱まっちまうけど」
     エッジの言うとおり、魔法ではそうはいかない。呪文は「力ある言葉」であり、魔を導くための導だ。
    「すごいね〜。……でも、じゃあ、あの言葉はなぁに?」
     エッジは考え込むように上を見た。あーとかうーと小さく唸ったあと、人差し指で頬を掻く。
    「あー、説明するとなると難しいな。アレは気合いれっつーか、なんつーか……。あの言葉、九字って言うんだけどよ。簡単に言うと、強い軍の進軍みたいな意味があんだよな。ま、まじないみたいなもんだ」
    「おまじない?」
    「そ。言霊には力があるからな。言霊の力が忍術の真の力を引き出すんだ」
    「……ことだま?」
     首を傾げるリディアに、エッジは小さく苦笑する。
    「あー……言葉に宿る魂。エブラーナじゃ、言葉には力が宿るって言われてんだよ」
     エッジの言葉に、リディアは小さく頷いた。
     それならば、分かる気がする。言葉一つで人は喜んだり悲しんだりするのだから、確かにそれ自体に力があるのだろう。
     ふと、隣を歩くエッジの気配が張り詰めたものに変わった。僅かに遅れてリディアも背筋を伸ばす。近づく魔物の気配に、リディア達の少し後ろを歩いていたセシル達も身構えたのが音で分かった。
     リディアが小さく息を吸うと同時に現れたのはモルボルという植物の魔物が二匹だ。その巨大な口からは臭い息を吐き、生き物を狂わせると聞いたことがある。
    「また、植物の魔物か!」
     カインの叫びに、リディアは一瞬だけ目を閉じると、詠唱を開始した。
    「我、リディアの名に於いて命ず! 来たれ、煉獄の覇者。灼熱を統べし者よ!」
     恐怖が全くないと言えば、嘘になる。それでも今のリディアにためらいはなかった。
    「地獄の火炎にて全ての邪悪を灰塵と化したまえ! 我が呼び声に応えて出でよ。炎の魔人――イフリートッ!!」
     傍らで魔物をにらんでいたエッジの視線がリディアに向いたのを感じながら、リディアは魔力を開放する。
     召喚に応じて現れたイフリートが、魔物に向って駆けていく。イフリートがその身にまとった地獄の業火が、モルボル達に襲いかかり焼き尽くす。
     炎が収まった時、二匹のうち一匹だけが辛うじて動いているような状態だった。そのモルボルも素早く駆け寄ったカインの一撃で倒れる。
     ふうと息を吐いたリディアは、エッジを見上げた。エッジは口の端を小さく上げて頷く。それにリディアも小さな微笑みとともに頷き返したのだった。

     この洞窟は植物系の魔物が多いのだな、と思いながらセシルは慎重に歩を進める。
     随分と奥まで歩いてきたが、リディアの黒魔法や召喚魔法、エッジの忍術に助けられ、さしたる苦労もなくここまで進むことが出来ていた。
     そんなことを考えつつ、セシルは前方を並んで歩くエッジとリディアの背中を見つめた。リディアが何事かを話しかけ、エッジが応じる。それを聞いたリディアが頬をぷうっと膨らませた。それはセシル達にはなかなか見せない表情だ。
     さっきまで様子のおかしかったリディアだが、今ではすっかり元の調子に戻っている。これも、エッジの力なのだろうと何となく思う。
     それにしても、いつの間にエッジとリディアはこれほど打ち解けたのだろう。
     セシルは微かに眉をしかめた。仲がいいのはいいことだ。これから一緒に戦っていく仲間なのだから。そう分かっているのだが、何故か気持ちは複雑だ。
    「あら? 寂しいのかしら? セシルパパは」
     ローザの面白がるような言葉に、セシルは思わず脱力した。
    「パ、パパって……!」
    「気付いていなかったのか? お前、娘を嫁に出す父親のような顔をしているぞ」
     淡々と、だが茶化すような口調でカインが言う。その言葉に、セシルは色々な意味で衝撃を受けた。
    「カインまで!? っていうか、僕そんな顔してた!?」
     ローザとカインが同時にこっくりと頷く。そして、セシルの叫び声が聞こえたのか、エッジとリディアが同時に振り返った。
    「今、何か叫び声がしたけど、何かあったの?」
    「何でもない。突然降ってきたでかい蜘蛛に驚いたセシルの顔が面白くて、からかっていただけだ」
     あまりのショックのせいか応じることの出来ないセシルの代わりに、カインがそう答えた。淡々とした口調でそらっと嘘をつくので、カインの嘘を看過できる者はなかなかいない。
     エッジは納得していなさそうな表情をしたが、リディアはあっさりとそっかぁと頷いた。
    「毒蜘蛛じゃなくてよかったね〜」
     毒蜘蛛なんているの!? と思ったが、そう尋ねる前にエッジとリディアは再び歩き出してしまった。
     その背中をぼんやりと見送るセシルの横で、ローザがくすくすと小さく笑う。
    「……何だよ、蜘蛛って」
    「リディアには知られたくないだろう。むしろ感謝してほしいくらいだな」
     カインにじとっとした視線を向けたが、当のカインは涼しい表情のままだ。
     そして、セシル達三人は特に示し合わせたわけでもなく同時にリディアの背中を見つめた。
     幻界で十年近い時を過ごしたとはいっても、セシル達にとっては僅かな時間で大人へと成長してしまった少女。今のパーティーの中でリディアを年相応に扱えるのは、エッジだけだ。
     数か月前の幼い姿を知っているセシル達では、どうしても出来ないことがある。リディアが普通に過ごしていれば、まだ七歳の少女なのだという念頭があるからだ。
     リディアがエッジにしか見せない表情があるのは、そのせいだろう。
     だから、リディアがエッジと親しくなるのはいいことだと分かってはいる。けれど。
    「……やっぱり、寂しい……」
     とうとうこぼれたセシルの本音に、ローザとカインが同時に吹きだしたのだった。

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