シドという飛空艇技師は口は悪いしデリカシーもないがその腕は確かなものだった。何故かシドにファルコンの耐熱仕様工事の助手をさせられたエッジは、ドワーフ城内を歩きながらどこか憎めない飛空艇技師を思い浮かべる。
重傷の身でファルコンを改造したシドは、今は救護室で休んでいるはずだ。やはり無理が祟ったのだろう。改造を終えた直後に倒れたのだ。
あれほどの怪我を負っていたにも関わらず動き回ったのだから無理もない。よくぞ動けたものだと感心するほどだ。
エッジは当てもなく城内を歩き回っていた。一晩をこの城で過ごすわけだが、今夜はジオット王の計らいで一人一室があてがわれている。それはエッジにとって非常にありがたいことだった。
別に雑魚寝が嫌だとか、誰かと同室が嫌だとか言うつもりはない。エッジは王子である前に忍者だ。ひとたび任務になれば雑魚寝なんていつものことだし、三日ほど眠れないことだってある。
だが、今日だけは一人になりたかった。
仲間たちと解散し、張り詰めていた気を解いて休もうとしたエッジだったが、どうにも眠ることが出来なかった。体力的にも精神的にも疲れているはずなのにである。
眠れずにいると考えごとをしてしまう。そして薄暗い部屋で一人でいると、その思考はどんどんと暗い方へ向かっていくのだ。
このままではまずいと感じたエッジは、気晴らしに城内散策を開始したのだった。だが、一度負の方向に傾きかけた思考は、簡単には戻ってはくれなかった。
目を閉じると、蘇る光景がある。静かな場所にいると、耳の奥で蘇る声があるのだ。
エッジは小さく唇を噛みしめた。
ふと頬に熱気を感じて、エッジは顔を上げた。そこは城のバルコニーだった。適当に歩いていたつもりだったが無意識に人の気配のない方へと歩いていたらしいと気付いて、エッジは小さく苦笑を零す。一人でいたくなくて部屋を出てきたはずなのに、行動が我ながら矛盾している。
快適な城の中からわざわざ蒸し暑いバルコニーに出ているのは衛兵くらいのものだろう。そう思いながら身をひるがえしかけたエッジは、バルコニーの隅に見覚えのある姿があることに気付いて、目を丸くした。
「……リディア?」
リディアは自分の身体を両手で抱きしめるようにして立っていた。寒いわけでもないだろうに、そんな姿で立ち尽くすリディアに、エッジは眉をしかめる。リディアの様子がおかしいことは明白だ。
ゆっくりとリディアに近づくエッジの耳に、リディアの小さな呟きが届く。
「……大丈夫。怖くない……怖くないよ……」
己に言い聞かせるように何度も呟くその声の調子に、エッジは思わず声をかけていた。
「よう、リディア。おめー、こんなとこで何してんの?」
リディアの肩がびくりと跳ねた。驚きの表情で顔を上げたリディアは、エッジの姿を認めるとほっと安堵の息を吐く。
「……何だぁ。エッジかぁ〜」
「何だとは何だ」
むくれた風を装いながら歩み寄ると、リディアは少しだけ笑った。
「ごめん、ごめん。変な意味じゃないよ。……エッジで良かったって思って……」
そう言ってから、リディアはふと視線を逸らした。その表情が陰りを帯びる。
「……セシルにもカインにも。……ローザにだってこんな姿は見せられないもの。……みんなきっと、悲しむから」
エッジはリディアの横に並び、壁に背を預けると首を傾げた。
「……悲しむ?」
「うん」
そのまま多くを語ろうとはしないリディアに、エッジは一石を投じてみることにした。
「……おめーが何かを怖がると?」
リディアが弾かれたようにエッジを見上げる。
「聞いてたの!?」
その表情に、エッジは少しだけ後ろめたくなった。別に聞こうとして聞いたわけではないのだが。
「聞こえたの! 俺様目とか耳とかいいんだよ! 忍びだし」
「そっかぁ。忍者ってすごいね〜」
自分で言っておいて何だが、それだけあっさりと納得するのはどうだろうと、感心しているリディアを見て思い、エッジは小さく笑みを浮かべた。
何を怖がっているのかを聞こうかと考えたところで、ルビカンテ戦の時もリディアの様子がおかしかったことを思い出した。
「……おめーが怖いのって……炎?」
半ば確信をもって尋ねると、リディアの表情が固まった。やはりそうかと思うと同時に、地雷を踏んだかと心が冷える。
「なん、で……何で、分かったの?」
リディアの声は小さく震えていた。今にも泣きそうな様子に、エッジは内心焦りながら早口でまくしたてる。
「いや、ルビカンテ戦の時、おめー様子がおかしかったじゃねぇか。だから」
翡翠の瞳がまっすぐにエッジを見つめてきた。その眼差しにエッジは何故か落ち着かなくなる。
「……そっか。……エッジ、見てたんだね」
リディアは小さく苦笑すると、ぽつりぽつりと語りだしたのだった。