途中で発見した結界の中で一度だけ休憩を取って。セシル達はバブイルの塔を下っていく。そうして辿り着いた吹き抜けのフロア。 細い通路から奥へと続く扉の前に、二つの人影があった。
中年の男女だ。
思わず身構えるセシル達だったが、その中で一人、エッジの反応だけが違った。
大きく目を見開いて、上半身を僅かに乗り出す。
「親父……おふくろ……?」
その言葉に、セシル達もまた目を見開いた。
ルビカンテとの戦いの中で行方不明となり、その生存すら絶望視されていたエブラーナの国王と王妃。よくよく見れば、二人とも忍び装束を身にまとっている。
生きていたのか。けれども、それならば何故こんなところに。
エッジが喜びも露わに、考え込んでいるセシルの横を抜けて両親に近づく。
「生きてたんだな!」
「エッジ……。お前も、無事で何よりだ」
そう言って小さく笑う王の横で、王妃が微笑む。
「エッジ。……あなたも、いらっしゃい。私たちと一緒に……」
低い声に、ぞくりとセシルの背筋に悪寒が走る。
「え? ……どこに?」
エッジの問いかけに、王の笑みが変質した。邪悪なものへと。
「地獄にな!」
「エッジ!! 危ない!!」
反射的に、セシルはエッジへと手を伸ばしていた。その腕を掴み、力いっぱい自分の方へと引く。たたらを踏みつつ後ろへ下がったエッジが今までいた空間を、王妃の一撃が薙いだ。
「なっ……!?」
エッジの驚きの声と同時に、王と王妃の身体が光を放ち、変化を遂げる。そこに現れたのは、二体の異形の姿だ。
カイナッツォのように魔物が王と王妃の姿に化けていたのだろうか。一瞬、セシルの脳裏をそんな考えが過った。可能性としてはないわけではないが、それにしては魔物に先ほどのエブラーナ王と王妃の面影があることが気になる。
「親父!? おふくろ!?」
叫ぶエッジに、エブラーナ王だった魔物の鋭い爪が襲いかかる。
「ちっ」
それをカインの突き出した槍が防ぐ。だが、そこから反撃に転じることが出来ない。セシルも、我に返ったエッジもそれぞれ武器を手に取るが、防戦一方だ。
「俺だよ!! 分からないのかっ!?」
悲痛なエッジの声も届かないのか、王妃はファイアをリディアに向けて放った。
「っ!」
「リディア!」
「だい、じょぶ! 威力はそんなに高くないっ!」
「真白き光よ、彼の者を癒したまえ! ケアル!」
ローザがリディアに放ったのは、回復魔法でも初歩のケアルだ。その程度ですむのならば、確かに威力はそんなに高くはないのだろう。
「一体、どうしちまったんだよっ……なあっ!!」
繰り返されるエッジの呼びかけに、王と王妃の動きが一瞬だけ止まった。それにエッジが気づいたのかどうかは、分からない。だが、エッジは渾身の力で叫ぶ。
「親父! おふくろっ!!」
王と王妃の動きが、完全に止まった。セシル達が見守る中、狂気に染まっていた瞳が理性を取り戻していく。
二人の殺気が完全に消えたのを待って、セシルとカインは武器を引いた。元から、攻撃のために握ったのではない。
セシルは目を細める。魔物へと変じたあの二人は、成り変わられたのではなく、本物のエブラーナ王と王妃らしい。けれど、あの姿は。
「エッジか……」
エブラーナ王が口を開く。その声はひどく疲れた響きをしていた。
「よく聞け……。我々はすでに、人ではない……。生きていてはいけない存在なのだ……。この意識があるうちに、我々はここを去らねばならん……」
「あなたに、残すものがなくて……」
その言葉の意味に、セシル達は小さく息を呑む。彼らは自決する気なのだ。
「……」
エッジも、両親の言葉にひどく衝撃を受け、愕然としていた。武器を持つ手が小さく震えている。
「……後は頼むぞ、エッジ」
王のその言葉に、エッジは勢いよく顔を上げる。
「嫌だっ!! 親父!!」
その叫びに、しかし王は悲しげな笑みを小さく浮かべただけだった。そうして、自らの鋭い爪を己の胸に突き立てる。
リディアの身体が大きく震える。
その大きな体躯がゆっくりと床に崩れる。エッジが目を見開き、叫んだ。
「親父ーーっ!!」
そして王妃も悲しげな、だが慈愛に満ちた瞳をエッジに向けて微笑んだ。
「……さよなら、エッジ」
「待って、おふくろ!! いっちゃ嫌だ!!」
感情を爆発させる息子を愛おしげに見つめたまま、王妃は自身と王の躯にファイラを放つ。その炎により、王と王妃はその場から消え去る。亡骸すら残さず。
なす術もなくそれを見守るしかなかったエッジは、その場に膝から崩れた。
「う、あ……うあああああああっ!!」
悲痛な慟哭が、バブイルの塔に響いた。