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    FINAL FANTASY W 〜悲しみの連鎖・8〜

     オーディンを得たセシル達が右の塔から出ると、ちょうどシドの弟子達が戻ってきた所だった。
    「あ、セシルさん! フックの取り付け完了しましたよ!」
    「ああ、ありがとう」
    「いいえ、これくらい何てことないですよ。それじゃあ俺達仕事に戻りますね。……そういえば、親方どうしてます?」
     立ち去り際に、弟子の一人が肩越しに振り返ってセシル達に問いかける。咄嗟のことにセシルはうまく反応できず、言葉を詰まらせた。
    「え、あ……シド、は……」
    「わがままばかりでお困りでしょう? 元気だけは有り余っていて、殺しても死なないような人だから。口うるさいし、すぐに怒るし」
     弟子は苦笑を浮かべてそう言うが、その瞳がそんなシドを尊敬して慕っているのだと物語っている。
     じゃあ親方のことよろしくお願いしますね、と言って去っていく弟子達に。セシルは真実を伝えることが出来なかった。

     その日は、バロンで一夜を過ごすこととなった。
     すでに日が傾きかけていたこともあるが、それ以上に全員の身体的・精神的消耗が激しい。さすがにこれからボブスの山に向かう気力は、パーティーの誰にもなかった。
     リディアはバロンの宿屋の一室でひとつ息をつくと、窓辺に近づいて外を眺めた。
     セシル達はそれぞれ自分の家や部屋に戻っているはずだ。一人になってしまうリディアのことをセシル達は気にしていたけれど、リディアが皆に勧めたのだ。
     今日くらいは自分の部屋でゆっくりして、と。
     宿の窓からは先ほどまでいたバロン城が見える。リディアは目を細めた。
     バロン。リディアの故郷を滅ぼした国。リディアが憎しみを抱いてもおかしくない国だ。
     けれどリディアは知っていた。ミストが襲われるよりもずっと以前に、この国の王はゴルベーザの部下に殺され、取って代わられていたことを。ローザに聞いたのだ。
     ゴルベーザにとって、召喚の力を持つミストは邪魔だったのだろう。だから、偽のバロン王にミストを滅ぼす指示を下し、セシル達が派遣されたに違いない。
     それでも、この国を憎む権利がリディアにはあるのだろうと思う。だがこの国を憎むということは、リディアにとってはセシルやカイン、そしてローザを憎むことと同義だ。それが、リディアにとってはひどく難しい。だから、この国を憎むことはないだろう。
     そのまま視線を逸らせば、空に浮かぶ二つの月が目に留まる。こんな光景を眺めるのは、この世界では三か月ほどの時しか流れていなくても、リディアにとってはおよそ十年振りだ。
     幻界には太陽も月もなかったから。
    「こんなに……綺麗だったのね……」
     懐かしむように月を見上げる今のリディアに、いつものあどけなさは欠片もない。ふいに、その頬に一筋の涙が流れた。
    「……ヤン、シドのおじちゃん……!」
     セシル達の前では、もう泣けなかった。シドのことは、リディアよりもセシル達の方が絶対に辛い。あの元気な人のことを皆が慕っていたことは、短い時間の中でも十分に感じたから。だから、リディアは泣くことはできなかった。自分が泣けば、セシル達は余計に悲しむだろうから。
     リディアは涙で視界を霞ませたまま、己の両手を見下ろした。
     小さい頃、あの戦いの日々の中で何度も何度も考えていたことがある。
     セシルどころか、ローザの手の中にも納まってしまうほど小さな自分の手を見つめて。
     この手がもっと大きければいいのに、と。
     悲しみが何度も続いて、その度に思った。
     もっと大人ならば、もっと強ければ、大切なものをすべて掴んで守れるのに、と。
     大きくなれば、守りたいものが守れるのだと信じていた。そう信じて、ひたすらに幻界で強くなることを願った。
     だが、それは幼い幻想だったのだと思い知ってしまった。
    「大きく、なったのに……強く、なったのに……」
     リディアはずるずると床に座り込んだ。堪えていたはずの涙が止めどなく溢れてくる。
     守りたいものは、リディアの両手をあっさりとすり抜けて零れ落ちていく。
     今もまた、自分はこんなにも無力だ。それが、ひどくもどかしくて悔しくて、悲しくて、つらい。
     大きくなったはずなのに、まだ小さいと感じるこの両手で。果たして守れるものなどあるのだろうか。
     泣き疲れて眠りに落ちるまで。涙を拭うことなく、リディアはそれだけを考え続けていたのだった。

     翌朝、セシル達はバロンを飛び立った。シドのことを、バロンの誰にも伝えることは出来なかった。
     笑顔でシドのことを頼む娘のレミやシドの弟子達に、シドの死を伝えることなど、どうして出来ようか。
     セシル達がまだその死を口にすることが出来そうにないというのも、伝えられなかった原因のひとつではある。口に出せば、心が折れそうだった。
     けれど、ヤンの奥さんであるシーラにだけはこの真実を伝えなければならない。
     最期に託された言葉を伝える義務が、セシル達にはあった。
     ボブスの山に向かう前に立ち寄ったファブールで、シーラにヤンの最期と言葉を伝えると、シーラは表情を凍りつかせた。
    「そんな……そんなはずはないよ。あの人が、そんくらいで死ぬはずがない……。一緒に生きるって約束したくせに、勝手に死んで、私には生きろだなんて……そんな勝手なこと、私は許さないからね」
     そう言うシーラの声はひどく掠れていた。セシルがかける言葉もなく黙り込んでしまうと、シーラはすぐに我に返って、無理矢理に快活な笑みを浮かべる。
    「ああ、そんな顔するんじゃないよ。うちの人が辛いことを頼んじゃったみたいで悪かったね。さあ、あんたらはもうお行き! ……やることがあるんだろ?」
     セシルは黙って頷くと、シーラはセシルの背中をばしんと叩く。
    「……しっかりおやり!」
     その言葉に、セシルは頷くことしか出来なかった。
     そうしてファブールを後にして、ボブスの山入口に放置したままだったホバー船を回収したセシル達は、バブイルの塔のあるエブラーナの大陸へと向かった。
     エブラーナ城の近くにホバー船を降ろしてから、飛空艇をその隣に着陸させる。以前遠目に見た時に分かっていたことだが、やはりエブラーナ城は廃墟と化していた。人の気配はまったく感じないから探索しても無駄だろうと、セシル達はそのままホバー船に乗り込む。
     セシルの操船で浅瀬を渡り、エブラーナの洞窟の前でホバー船を停泊させた。
     顔を上げると、地底から大地を貫き天まで届きそうなほどの高さをもったバブイルの塔が視界に映る。セシルはきゅっと唇を噛みしめると、視線を目の前の洞窟へと移した。
     今度こそ、クリスタルを奪還してみせると、脳裏に浮かんだ二つの影に誓って。セシルは洞窟へと足を踏み入れたのだった。  

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