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    FINAL FANTASY W 〜悲しみの連鎖・5〜

    「……ヤンね。あたしがリヴァイアサンに飲み込まれた時、一番に海に飛び込んで……助けに来てくれたの」
     バブイルの塔を降りながら、リディアがぽつりと呟く。その涙に濡れた小さな囁きを拾うことが出来たのは、リディアの隣を歩くローザだけだった。セシルとカインは二人の目の前をただ黙々と歩いている。
    「そう、だったの……。でも、そうね。ヤンは……誰よりも強くて、優しかったものね」
     その優しさが、今はこんなにも悲しい。ローザは悲しげな笑みを浮かべた。
    「うん」
     そう言って頷くリディアの動作は、どこか幼い。リディアは目尻に浮かんだ涙を拭うと、セシルとカインの背を見て首を傾げた。
    「セシルもカインも……心は泣いているのに、涙は見せないのね。……変なの」
     リディアのその言葉に、ローザは柔らかく微笑んだ。幻界での月日を経て大人の姿へと成長したリディアだが、時折こういった子どものような表情を見せる。幻界でも大事に大事に育てられてきたのだろう。
    「そうね。泣けないのは辛いわね……。けれどね、セシル達は泣くことに慣れてないのよ。だから、泣くのが怖いんだわ」
     そう言って目の前を追い立てられるかのように歩く二人の背を見つめた。
    「……怖いの?」
    「そう。泣いたら、心が折れて立てなくなっちゃうかもしれないって思ってるんじゃないかしら。……そんなことになれば、ヤンの死は無駄になってしまうから……。だから、泣かないのよ。泣けないの」
     リディアは困ったように首を傾げた。
    「よく、分からないけど……。辛いね。悲しいって言えればいいのに」
    「……そうね」
     リディアの率直な言葉に、ローザはふわりと笑ってセシルの背を見つめる。そんな風に悲しみを抱え込んでしまう彼だからこそ、支えたい、傍にいたいと思うのだけれども。
     そんな風に話しているうちに、セシル達はバブイルの塔の一階まで辿り着いていた。入口にかかる長い階段を数段降りた時、セシル達のものではない声が響く。
    『なかなか、楽しませてくれるな……』
     セシルははっと顔を上げた。
    「ゴルベーザ!」
    『鬼のいぬ間に命の洗濯か? だが、お遊びはここまでだ。……そろそろお別れを言おう……さらばだ』
     それだけを告げて、声は聞こえなくなった。同時に、セシル達の後ろから階段が崩れ始める。
    「!? 走れっ!」
     慌ててセシル達は階段を駆け降り始めたが、どう考えても階段が崩壊していく方が早い。一番後方を走っていたリディアが悲鳴を上げた。
    「きゃあああっ!」
    「「「リディア!?」」」
     瞬間、足元が崩れ、全員の身体が宙に投げ出される。地面からはまだまだ遠い高さで。
    「うわああああああっ!?」
     落ちていく途中、自分たちの身体が風を切る音に紛れて、聞き覚えのあるエンジン音とプロペラ音を耳にしたような気がした刹那。
     見事な操船技術で真下に滑り込んできた飛空艇の甲板の上に、セシル達は着地していた。
    「ぎりぎりセーフ! じゃったの!!」
     快活なこの声を聞き間違えるはずがない。セシルは表情を輝かせて、喜びと共にセシル達を救ってくれたその人の名を呼んだ。
    「シド!!」
     飛空艇の修理と強化の為にパーティーから離脱していたシドは、飛空艇の舵を切りながらにかっと笑みを浮かべる。
    「大丈夫か!? セシル! ……む、ヤンはどうした?」
     ヤンの姿が見えないことに訝しむシドの言葉に、一同は表情を曇らせる。
    「それが……巨大砲を食い止めるために……爆発に、巻き込まれて……」
     最後まで告げることが出来ずに、セシルは言葉を飲み込む。ヤンのことを思い出したのか、リディアが鼻をすすった。
     セシルの言葉に、表情を曇らせたシドだったが、リディアを見た途端不思議そうな面持ちになる。
    「そうか、ヤン……。ところで、セシル。その可愛い子は誰じゃ?」
     そういえばこの二人は初対面だったかもしれない。リディアが助けに来てくれたのは、シドが離脱した直後だったのだから。
    「ミストの……リディアだ」
     シドはほんの一瞬だけ、痛ましげに目を細めた。シドは、セシルとカインがミストの村にボムの指輪を届けたことを知っている。その後に起こったことを考えれば、事態を推測することはそんなに難しいことではないだろう。
     ふと、別のエンジン音を聞いた気がして、セシルは顔を上げた。思わず振り返って後方を見ると、そこには見知った型の飛空艇がエンタープライズを追いかけるように飛んで来る。
    「あれは……『赤き翼』!?」
    「追っ手か! 行けぃ! エンタープライズ!!」
     エンタープライズがその速度を上げる。ところが。
    「まだ追って来るわ!?」
    「追いつかれそうだぞ!」
     ローザとカインが口々に叫ぶ。二人の言葉通り敵の飛空挺は引き離されるどころか少しずつ距離を縮めながら、エンタープライズを追って来る。
    「こっちの方が新型のはずじゃが……! 奴らも『赤き翼』を改造しておったようじゃの! 踏ん張れ! エンタープライズ!!」
     シドが舵を取りながら叫んだ。エンタープライズがさらに速度を上げる。だが、それでも『赤き翼』を引き離すことが出来ない。
    「シド! だめだ! 追いつかれる!!」
    「くっ!? これ以上スピードを上げたら、エンタープライズのエンジンがいかれてしまうわい!」
     シドはそう叫んで、一度だけ後方を振り返り追って来る飛空艇を見た。そうして視線を前に戻すと小さく何事かを呟くと、セシルに向かって吼える。
    「セシル! 代われ!! 地上に向かうんじゃ!」
     シドがぱっと舵から手を離す。セシルは慌てて舵に飛びつくと、一瞬だけ揺れた飛空艇を安定させた。セシルも元『赤き翼』の部隊長である。シド直伝の操船技術の腕前はシドには及ばないものの、なかなかのものなのだ。
     セシルはそのまま船首を上に傾け、高度を上げる。地底世界は果てのある世界だから、このままでは逃げ切ることも難しい。シドの言葉通り、地上に向かうのが現状では一番の策に思えたのだ。
     飛空艇が、地上と地底を結ぶ大穴に差し掛かる。
     それを見て一つ頷いたシドが、甲板の淵に駆け出した。その行動にセシルは目を細める。この速度で移動しているのだ。甲板の淵が危険な事はシドが誰よりも知っているはずなのに、何故。
    「シド!?」
     その呼びかけに振り返ったシドの瞳が、ヤンと同じように深い色をしていて。セシルは思わず息を呑んだのだった。 

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