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    FINAL FANTASY W 〜霧の中の真実・3〜


    「……お母さん、遅い……」
     椅子に座って大人しく母の帰りを待っていたリディアだったが、やがて堪えられなくなって椅子から飛び降りた。
     今日は何だかいつもより時間がかかっている気がする。それに。
    「……何だろう……。何か、もやもやする……」
     その感情の名を、まだ幼いリディアは知らない。だが、何だか良くないものだということは感じていた。
    「……いいよね。お迎えにいくだけだもん」
     村から勝手に出たら怒られてしまうけれど、母は村の中にいる。だから、大丈夫。
     自分の中でそう結論付けて、リディアはそっと家を出た。
     お留守番を頼まれたのにという罪悪感はあったけれど、それ以上に母が心配だ。
     リディアはこの村から一度も出たことがない。前に一度だけねだってみたことがあるけれど、もう少し大きくなってからねと言われてしまった。その時の母の笑顔が何だか悲しそうに見えたので、リディアはそれ以来むらの外に出たいとは口にしていない。
     外の世界は気になるけれど、母を悲しませてまで出たいとは思えなかったからだ。
     だから、リディアの世界はこの霧の中に閉ざされた小さな村の中で完結していた。
    「お母さーん」
     リディアは母の姿を探して、村の中央にある池に向かって走っていた。母はいつもこの場所で召喚魔法を使うのだ。
     ――……この場所がね、一番幻界と近いから、幻獣と心を通わせやすいの。
     そう言っていたことを思い出しつつ、リディアは走る。
     そして。目の前の光景に、リディアは足を止めた。
    「……おかあ、さん……?」
     池のほとりに、倒れている人がいる。リディアの母だ。
    「お母さん! どうしたの? 大丈夫?」
     びっくりしたリディアは、慌てて駆け寄った。具合が悪くなってしまったのだろうか。
    リディアの声に反応して、母の頭が微かに動く。
    「……リ、ディア?」
     リディアは母の傍に膝を付いて、その顔を覗き込み、あまりの色の白さに息を呑んだ。何だか、様子が変だ。
    「お、お母さん!? 大丈夫!?」
     応えるように母が小さく笑った。白く細い手が伸びて、リディアの頬に触れる。その冷たさに、リディアはぶるりと震えた。
    「リ、ディア……。……ごめん、ね……」
    「……え?」
     何で謝るのか。何で母の手がこんなにも冷たいのか。リディアには分からなかった。
     ただ、体がぶるぶる震える。寒くなんて、ないのに。
    「おか、さん……。守れな、かった……」
     母の声がどんどんとか細くなっていく。リディアはいやいやと首を横に振った。
    「リ、ディ……。強く、いきて……。あなたの、こころの……ままに……だいすきよ、リ……」
     ことりと、母の手が力なく地面を打った。
    「……おかあさん……?」
     そっと頬に触れた。だが母は応えない。リディアを見ない。
    「起きて……。風邪、ひいちゃう……」
     何度呼んでも、肩を揺さぶっても、その瞳は開かない。何も言わない。微笑んで、頭を撫でてくれない。
    「おか……さんっ!」
     もう、二度と。
    「い、やだぁ……。お母さんっ! お母さぁぁぁんっ!!」
     母はこの村で唯一ドラゴンを召喚できる召喚士だったけれど、その力が強いわけではなかった。ドラゴンと命の契約を交わすことで召喚しているのだと、聞いたことをリディアは思い出していた。
     覚えている。その時の母の言葉も、綺麗な笑顔も。
    『大好きなリディアや村のみんなを守るために、お母さんも命を懸けて戦うから力を貸してってお願いするのよ』
     きっと、それはこういうことだったのだ。母のドラゴンが村を守って死んだ。だから、召喚者である母も……。
    「やだよぅ……お母さん。……一人にしないでぇ……」
     リディアは翡翠の瞳からぼろぼろと涙を零す。
     その時、村に突然炎が走った。その炎は小さな村をあっという間に駆け巡り、激しく燃え始める。目の前で、家が燃えていくのをその瞳に映して、リディアは息を呑んだ。
     消えていく。リディアの大好きなもの、全部が。リディアの世界が。炎に呑まれてなくなってしまう。怖い。
    「おかあさん……たすけてぇ……」
     どうすればいいのか分からなくて、リディアは冷たい手をぎゅっと握り締め、泣き続ける。
    「おかあさん……ヒック」
     彼女を現実に引き戻したのは、草を踏みしめる音と知らない男の人達の声だった。

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